2020/06/26 15:49 更新
「a divides b」の非対称性
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\gdef\defines{\overset{\text{def}}{\Longleftrightarrow}}

前提知識

  • 二項関係
  • 整域

「約元である」という関係

※以下で定義する記法は一般的に使われる記号でないことがあります.

定義 1

N\mathbb{N}上の二項関係\trianglelefteqを次で定義する.:

aba \trianglelefteq b def\defines aabbを割り切る

命題 2

関係\trianglelefteqN\mathbb{N}上の半順序


証明:
a,b,cZa,b,c \in \mathbb{Z}を任意にとる.順番に半順序の要請 (反射律,推移律,反対称律) を示していく.

a=1aa = 1 aと書くことができるので,aaaaの約数.よって,aaa \trianglelefteq a

aba \trianglelefteq bかつbcb \trianglelefteq cとすると,
g1N\exists g_{1} \in \mathbb{N}, a=g1ba = g_{1} b
g2N\exists g_{2} \in \mathbb{N}, b=g2cb = g_{2} c
このとき,a=g1g2ca = g_{1} g_{2} c.よって,aca \trianglelefteq c

aba \trianglelefteq bかつbab \trianglelefteq aとすると,
g1N\exists g_{1} \in \mathbb{N}, a=g1ba = g_{1} b
g2N\exists g_{2} \in \mathbb{N}, b=g2ab = g_{2} a
このとき,a=g1g2aa = g_{1} g_{2} a
すなわち,(g1g21)a=0(g_{1} g_{2} - 1)a = 0
a=0a = 0なら,b=0b = 0しか取り得ない.よって,a=ba = b
g1g2=1g_{1} g_{2} = 1なら,g1=g2=1g_{1} = g_{2} = 1しか取り得ない.よって,a=ba = b

証明終


N\mathbb{N}上では\trianglelefteqは半順序になり,反対称律という性質を満たすことが確認されました.
以下では定義1で定めた関係\trianglelefteqの台集合を広げて,Z\mathbb{Z}や一般の整域上でこの関係を考えてみます.
実は,この場合は「反対称律は満たされない」ということが分かります.



命題 3

関係\trianglelefteqZ\mathbb{Z}上の擬順序ではあるが,半順序ではない.
つまり,関係\trianglelefteqZ\mathbb{Z}上で反対称律を満たさない.


証明:
関係\trianglelefteqが反射律と推移律を満たすことはN\mathbb{N}上での議論と全く同じようにして示される.
一方,関係\trianglelefteqについて,111 \trianglelefteq -1かつ11-1 \trianglelefteq 1であるから,これは反対称律を満たさない.


命題2の証明では,反対称律を示すときにa0a \neq 0であるときには

a=g1g2ag1g2=1g1=g2=1a = g_{1} g_{2} a \, \Longrightarrow \, g_{1} g_{2} = 1 \, \Longrightarrow \, g_{1} = g_{2} = 1

という性質を用いました.

整数上では2つめの\Longrightarrowが成り立ちません.例えば,g1=g2=1g_{1} = g_{2} = -1もその積は11になります.

一般に環上では単位元11に加法の逆元1-1が存在し,これは必ず

(1)×(1)=1(-1) \times (-1) = 1

を満たします (詳しくは@KimChanさんの記事「(1)×(1)=1(-1)\times(-1)=1の証明」を参照ください.この記事では整数を前提に議論を進めていますが,証明自体は全く同じようにして一般の環上で行うことができます.).
これを基にすると,より一般に次の命題4が成立することが示せます.



命題4

AA整域とする.
関係\trianglelefteqAA上の擬順序ではあるが,半順序ではない.
つまり,関係\trianglelefteqAA上で反対称律を満たさない.



最後に次の命題5を示します.



命題5

AA体でない整域とする (ここでは証明しませんが,「体は整域である」という事実が成り立ちます.).
このとき,関係\trianglelefteqAA上で対称律を満たさない.


証明:
背理法による.\trianglelefteqAA上で対称律を満たすとする.
a,bA{0}a, b \in A \setminus \{0\}に対し,aba \trianglelefteq b,すなわち,あるgAg \in Aが存在してb=agb = agとする.
対称律を満たすので,このときbab \trianglelefteq aであり,あるgAg^{\prime} \in Aが存在してa=bga = bg^{\prime}である.
以上より,a=agga = agg^{\prime}
a0a \neq 0としたので,AAが整域であることからgg=1gg^{\prime} = 1,よってggは可逆元.
つまり,aba \trianglelefteq bとしたとき,bbaaの可逆元倍となるように表すことができる

ここで,aA{0}a \in A \setminus \{0\}を可逆でない元とし,b=a20b = a^{2} \neq 0とする (これらを満たす元の存在は体と整域の性質から従います.).a2=a×aa^{2} = a \times aだから,aa2a \trianglelefteq a^{2}である.よって,前段の証明から,a2a^{2}aaの可逆元gg倍として表すことができる.:

a2=a×ga^{2} = a \times g

よって,a(ag)=0a(a-g) = 0.いま,a0a \neq 0かつAAが整域なので,g=ag = a.左辺は可逆元で右辺は可逆でない元なので,これは矛盾.

証明終


なお,この命題5の証明の後半でa2=a×aa^{2} = a \times aから直ちに矛盾を得るのは些か早計です.なぜなら,一般の整域では因数分解が一通りにできるとは限らないからです (そのような性質を課した整域を 一意分解整域 (unique factorization domain) といいます.).


結論

今回は「約元である」という関係を扱いました.
命題5で見たように,一般の体でない整域上ではこの関係は対称律を満たすことはなく,したがって,同値関係にはならないのでした.

しかし,巷間では「約元である」という関係を\mathrel{|}という左右対称な形をした記号で表します.例えば,363 \mathrel{|} 6のように.

左右対称の形をした記号はその左右が対等なものに,つまり対称律を満たす関係に使われることが多いです.我々がよく知っている等値関係「==」や同値関係「    \iff」がその例です.にもかかわらず,「約元である」という普通は対称律を満たさない関係に対しては,左右対称な形の記号を使います.この点について違和感を覚える人はそこそこいるようです.この記事の執筆の経緯も,実際に友人との他愛のない会話からこの違和感の話題が上がり,考察を始めたものでした.

では,もし「約元である」という関係を別の記号で表すならどれがよいのでしょうか.この記事はその観点から,「約元である」という関係はどのような性質を満たすのかを考察してきました.そして,この関係は大抵は擬順序という関係になることが分かったので,「\trianglelefteq」という記号を使って表してきました.

この記号\trianglelefteqはなんと左右対称な形ではありません.また,実数の大小関係を表す<<\leqと同様,尖っている側に小さい数が来やすいという性質をもちます.そのため,この記法だとどちらが左側に書かれるべきかを判別しやすいと思います.

とはいえこの記法は一般的ではないので,使うときにはちゃんと記法を定義するべきですね