前提知識
確率論の基礎、必要条件と十分条件
本題
昨日の投稿が、分かりにくいとのご意見を頂いた。本記事では、8割戦略の有効性を、よりわかりやすい数学モデルによって考察してみる。
感染者数のモデル
感染症は人から人へと感染が広がる。例えば、感染者1人が2人にうつし、2人が4人にうつす、ということが繰り返されると、$n$次感染者数は$2^n$人になる。
しかし、感染者1人が他の感染者にうつす人数は2人とは限らない。したがって、第$k$次感染によって感染者数が$R_k$倍ずつ増えていくと仮定する。$R_k$は再生産数と呼ばれる確率変数である。ここで、$\forall i,j$に対して、$R_i,R_j$は独立同分布であると仮定する。
感染者数推移の見積もり
このモデル下において、$n$次感染者数は、$\prod^n_{k=1}R_k$である。これは確率変数であるため、$n$次感染者数の期待値$E[\prod^n_{i=1}R_i]$を計算することによって感染者数の推移を見積もる。(※期待値とは平均値のことである)
$\forall i,j$に対して、$R_i,R_j$は独立であるので、簡単に計算できる。再生産数の期待値$R_0=E[R_k]$を用いると、
$$E[\prod^n_{k=1}R_k]=\prod^n_{k=1}E[R_k]=R_0^n$$である。指数関数$R_0^n$は$R_0<1$ならば、$n$に対して単調減少関数であり(例)、$R_0>1$ならば、単調増加関数(例)である。欧米の調査から$2<R_0<3$であることが分かっているため、放っておくと感染者数は指数関数的に増えていく事が分かる。
感染拡大防止戦略について
放っておくと、感染者数は指数関数的に増えていく事が分かった。そこで、人の接触回数を減らす事で、実効的な基本再生産数$R_e$を抑え、感染拡大を防止する戦略を検証する。
人の接触回数が$1-p$倍になると、再生産数も$1-p$倍になると仮定する。すると、人の接触回数が$1-p$倍になったときの、実効基本再生産数は期待値の線形性から簡単に計算できて、
である。先程議論した指数関数の性質より、感染者数が減少していくための必要十分条件は、$R_e <1$である。よって、
$$p>1-\frac{1}{R_0}$$を満たさなくてはならない。今、$2<R_0<3$であることが分かっているため、最悪の場合を考慮して3を代入すると、感染者数が減少していくための必要十分条件
$$p>\frac{2}{3}=0.6666...$$はであることが分かる。
しかし、ここで重要なことは、今計算したのは感染者数の期待値を単調減少にするための条件であって、実際は期待値どおりに行くとは限らないという事である。
そのため、より有効な対策を講じるためには、さらに値を大きく見積もった数字が妥当であると思われる。しかしそれを、8にするのか9にするのかは、数学ではなく政治家に求められるシビアな判断である。