2020/04/24 21:27 更新
新型コロナ感染拡大防止戦略の確率論的検証
目次

前提知識

確率論の基礎、必要条件と十分条件

本題

「8割おじさん」こと西浦教授が、人との接触を8割削減することを盛んに奨励している。本記事では、この戦略の有効性を、スプレッダーの存在も含めて、簡単な数学モデルによって考察してみる。

感染者数のモデル

感染症は人から人へと感染が広がる。例えば、感染者1人が2人にうつし、2人が4人にうつす、ということが繰り返されると、$n$次感染者数は$2^n$人になる。
そこで、本記事では、有限個のクラスタを仮定し、各クラスタは2次感染によって感染者数が$R$倍ずつ増えていくと仮定する。$R$を再生産数と呼び、すべてのクラスタに対して一定の値ではない確率変数とし、特に再生産数が大きいクラスタをスプレッダー(撒き散らす者)と呼ぶものとする。

感染者数推移の見積もり

各クラスタにおける$n$次感染者数は$R^n$人である。これは確率変数であるため、$n$次感染者数の期待値$E[R^n]$を計算することによって感染者数の推移を見積もりたい。しかし、再生産数の確率分布を完全に解明することは困難であるため、期待値を正確に計算することはできない。(※期待値とは平均値のことである)
そこで、基本再生産数と呼ばれる再生産数の期待値$R_0=E[R]$を考え、期待値の下限を計算することにする。基本再生産数は、すでに感染した感染者の行動を集計することによって調べることが可能であり、感染者数が急増している欧米での調査によると、2から3であると言われている。

それでは、実際に計算を行う。まず、$R^n$は凸関数である。したがって、任意の凸関数$h(x)$に対して成立するJensenの不等式を用いて、期待値の下限を計算することが出来る。
Jensenの不等式:

$$E[h(x)]\geqq h(E[X])$$

今計算したいのは、$h(R)=R^n$なので、

$$E[h(R)]\geqq h(E[R])=h(R_0)=R_0^n$$

である。指数関数$R_0^n$は$R_0<1$ならば、$n$に対して単調減少関数であり(例)、$R_0>1$ならば、単調増加関数(例)である。したがって、欧米の調査から$2<R_0<3$であることが分かっているため、放っておくと感染者数は指数関数的に増えていく事が分かる。

感染拡大防止戦略について

放っておくと、感染者数は指数関数的に増えていく事が分かった。そこで、人の接触回数を減らす事で、実効的な基本再生産数$R_e$を抑え、感染拡大を防止する戦略を検証する。
人の接触回数が$1-p$倍になると、再生産数も$1-p$倍になると仮定する。すると、人の接触回数が$1-p$倍になったときの、実効基本再生産数は期待値の線形性から簡単に計算できて、

$$R_e=E[(1-p)R]=(1-p)E[R]=(1-p)R_0$$

である。先程議論した指数関数の性質より、感染者数が減少していくためには、$R_e <1$である必要がある。よって、

$$p>1-\frac{1}{R_0}$$

を満たさなくてはならない。今、$2<R_0<3$であることが分かっているため、最悪の場合を考慮して3を代入すると、

$$p>\frac{2}{3}=0.6666...$$

を満たさなくてはならないことがわかる。この計算により、接触回数が6.6割以上減らない限り、感染者数は絶対に減らない事が分かる。

ここで重要なことは、今計算したのは下限を単調減少にするための条件だけであるので、再生産数の分布によっては(スプレッダーに偏るなど)、接触回数が6.7割以上減っても、$n$次感染者数が減るための十分条件にはならないという事である。
そのため、より有効な対策を講じるためには、さらに値を大きく見積もった数字が妥当であると思われる。しかしそれを、8にするのか9にするのかは、数学ではなく政治家に求められるシビアな判断である。

参考文献

  1. https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/covid-19-nishiura