応物の授業をうけていると、「あれ、この話はどこかで聞いたな」と感じる事がよくあります。
今思えば、これは数理的構造に着目した応物らしい経験だったんだなと思います。
そこで今日は、🐵先生の信号処理の授業で不確定性原理の話が出てきて、証明を見たら、量子力学の不確定性原理とまったく同じやんけ!と思った経験を整理しました。
🐵先生の授業では詳しい証明は行いませんでしたが、フーリエ変換と線形代数を使えば証明できます。
本投稿では、信号における局在性の定義を説明してから、その不等式制約を示して、最小波束を導出します。
最後に、一次元量子力学の不確定性原理も定数倍を除いてまったく同じ証明であることを説明します。(量子力学の知識がなくとも、お楽しみいただけるかと思われます。)
それでは、本題です。どうぞお楽しみください(^^)
信号とフーリエ変換
時間に関する信号$f(t)\,(f(\pm\infty)=0)$と、そのフーリエ変換$F(\omega)$を考えます。これらは、以下の関係を満たします。
$$\gdef\d{\mathrm{d}} \begin{cases} \displaystyle f(t) = \frac{1}{\sqrt{2\pi}}\int_{-\infty}^\infty F(\omega)\,e^{i \omega t} \,\d\omega \\ \displaystyle F(\omega) = \frac{1}{\sqrt{2\pi}}\int_{-\infty}^\infty f(t)\,e^{-i \omega t} \,\d t \end{cases}$$ただし、$\int_{-\infty}^\infty |f(t)|^2\d t=1$と正規化されているとします。すると、フーリエ変換の性質(ユニタリー性)から、$\int_{-\infty}^\infty |F(\omega)|^2d\omega=\int_{-\infty}^\infty |f(t)|^2\d t=1$が成立します。
局在性の定義
$|f(t)|^2$と信号と$|F(\omega)|^2$を確率分布とみなすと、$t,\omega$の期待値を次のように定義できます。
$$\begin{cases} \displaystyle ⟨\omega⟩ = \int_{-\infty}^\infty \omega |F(\omega)|^2 \,\d\omega \\ \displaystyle ⟨t⟩ = \int_{-\infty}^\infty t |f(t)|^2 \,\d t \end{cases}$$同様に、分散も以下のように定義できます。
$$\begin{cases} \displaystyle (\Delta t)^2=\int_{-\infty}^\infty (t-⟨t⟩)^2|f(t)|^2\d t \\ \displaystyle (\Delta \omega)^2=\int_{-\infty}^\infty (\omega-⟨\omega⟩)^2|F(\omega)|^2d\omega \end{cases}$$分散は、平均値周りに値がどれくらい偏っているかという、$f(t)$と$F(\omega)$の局在性を表す指標として捉える事ができます。
ここで、後で使うコーシー=シュワルツの不等式を復習しておきます。
任意の信号$g(t), h(t)$について、以下の不等式が成立する。等号が成立するのは、$\exist c \in \Complex$に対して、$h(t)=cg(t)$を満たすときのみである。
$$\int_{-\infty}^\infty |g(t)|^2\d t \int_{-\infty}^\infty |h(t)|^2dt \geq \left|\int_{-\infty}^\infty g(t)^*h(t)\d t \right|^2$$局在性の制約
実は、時間領域と周波数領域における局在性(分散)の積、つまり$(\Delta t)^2(\Delta \omega)^2$の値には不等式制約が存在します。
これをコーシー=シュワルツの不等式を用いて証明するのですが、$(\Delta t)^2$と$(\Delta \omega)^2$の積分変数が異なるため、このままではコーシー=シュワルツの不等式が適用できないので、少し式を変形します。
まず、フーリエ変換に対して、以下の重要な性質(ユニタリー性)を用います。
$h(t)=-if'(t)-⟨\omega⟩f(t)$とすると、$H(\omega)=(\omega-⟨\omega⟩) F(\omega)$であるので、
$$\int_{-\infty}^\infty |h(t)|^2 \d t=\int_{-\infty}^\infty |(\omega-⟨\omega⟩) F(\omega)|^2 \d\omega=(\Delta \omega)^2$$が成り立ちます。これにより、$(\Delta \omega)^2$を時間積分で表す事ができたので、コーシー=シュワルツの不等式を適用できます。
$g(t)=(t-⟨t⟩)f(t), h(t)=-if'(t)-⟨\omega⟩f(t)$とすると、
$$(\Delta t)^2(\Delta \omega)^2 \geq \left|\int_{-\infty}^\infty (t-⟨t⟩)f(t)^*(-if'(t)-⟨\omega⟩f(t)) \d t\right|^2$$が成立します。後で示すように、右辺は$1/4$以上です。したがって、時間領域における局在性が小さくなれば、周波数領域における局在性は大きくなるというトレードオフの存在が分かります。
これが、時間領域における局在性と周波数領域における局在性が同時に小さくなることはないという意味で、不確定性原理と呼ばれる所以です。
最小波束
次に、$(\Delta t)^2(\Delta \omega)^2$が最小となる信号を考えてみます。
不等式制約が存在するならば、最小性を満たす関数は存在するのでしょうか?計算してみましょう。
先程示した不等式が等号で成立する必要十分条件は、$\exist c \in \Complex$に対して、$-if'(t)-⟨\omega⟩f(t)=c(t-⟨t⟩)f(t)$が成立することです。この微分方程式を解きます。
$$\def\d#1{\,\mathrm{d}#1} \begin{aligned} f'(t)&=\left( ic(t-⟨t⟩)+i⟨\omega⟩\right)f(t) \\ \frac{1}{f(t)}f'(t)&=ic(t-⟨t⟩)+i⟨\omega⟩ \\ \frac{\d }{\d t}\ln f(t)&=ic(t-⟨t⟩)+i⟨\omega⟩ \\ \ln f(t)&=\frac{ic}{2}(t-⟨t⟩)^2+i⟨\omega⟩t+C \\ \end{aligned}$$よって、
$$\tag{1} \begin{aligned} f(t)&=\exp\left( \frac{ic}{2}(t-⟨t⟩)^2+i⟨\omega⟩t+C)\right) \\ &=C'\exp\left(\frac{ic}{2}(t-⟨t⟩)^2+i⟨\omega⟩t\right) \end{aligned}$$です。正規分布っぽい雰囲気が出てきましたが、次は、$c$について深く考えます。
$c$の制約
$c$の制約条件を微分方程式とは異なるアプローチで考えてみましょう。
まず、線形演算子を2つ定義します。これは計算の見通しを良くするためです。$T$を掛け算演算子、$D$を微分演算子と呼ぶことにします。
これらは両方とも、エルミート演算子で交換関係
$$[T,D]=-i[t,\dfrac{ \mathrm{d} }{ \mathrm{d}t }]=i$$を満たします。さらに内積を以下のように定義できます。(内積の性質はWikipedia参照)
$$(u,v)=\int_{-\infty}^\infty u^*(t)v(t)dt$$例えば、この記法により、先程の不等式は、$u=f(t)$とおくと、
$$(\Delta t)^2(\Delta \omega)^2 \geq |(Tu,Du)|^2$$と書けます。
内積とエルミート演算子の性質を用いると、
が分かり、ここから、
$$|(Tu,Du)|^2=\frac{1}{2}|(u,TDu)|^2+\frac{1}{2}|(u,DTu)|^2$$が分かります。次に、天下り的でありますが、以下の式を考えます。
$$|\frac{1}{2}(u,(TD-DT)u)|^2+|\frac{1}{2}(u,(TD+DT)u)|^2$$これを、展開すると
$$\begin{aligned} &\frac{1}{4}\left(\{(u,TDu)-(u,DTu)\}\{(u,TDu)^*-(u,DTu)^*\}\right) \\ &+\frac{1}{4} \left(\{(u,TDu)+(u,DTu)\}\{(u,TDu)^*+(u,DTu)^*\}\right) \\ &=\frac{1}{2}|(u,TDu)|^2+\frac{1}{2}|(u,DTu)|^2 \\ &=|(Tu,Du)|^2 \end{aligned}$$となっている事がわかります。よって、$[T,D]=i$を用いると、
$$\tag{2} (\Delta t)^2(\Delta \omega)^2 \geq \frac{1}{4}+|\frac{1}{2}(u,(TD+DT)u)|^2$$を満たす事がわかります。したがって、式 2から、以下の2つの条件を満たす信号が$(\Delta t)^2(\Delta \omega)^2$を最小にするための十分条件であることが分かります。
$$\begin{cases} cTu=Du \\ (u,(TD+DT)u)=0 \end{cases}$$下の式に上の式を代入すると、
$$0=(Tu,Du)^*+(Du,Tu)^* \\ =(Tu,Du)+(Du,Tu)=(c+c^*)|Tu|^2$$よって、式 1で$c$が純虚数であれば、連立方程式の両方を満たす事がわかります。
最小波束の計算
それでは、改めて、最小波束の式を考えましょう。$c=iz\,(z\in\R )$とおくと、
$$f(t)=C'\exp\left(\frac{-z}{2}(t-⟨t⟩)^2+i⟨\omega⟩t\right)$$$f(t)$は正規化されているので、$\int_{-\infty}^\infty |f(t)|^2\mathrm{d}t =1$より、
$$C'^2\sqrt{\frac{\pi}{z}}=1\\ C'=\left( \frac{\pi}{z}\right)^{-1/4}$$です。次に、$(\Delta t)^2=\int_{-\infty}^\infty (t-⟨t⟩)^2|f(t)|^2dt$より、
$$\begin{aligned} (\Delta t)^2&=\int_{-\infty}^\infty (t-⟨t⟩)^2|f(t)|^2\d t=C'^2\int_{-\infty}^\infty (t-⟨t⟩)^2 \exp\left(-z(t-⟨t⟩)^2\right)\d t \\ &=C'^2\int_{-\infty}^\infty u^2\exp \left(-zu^2\right)\d u \\ &=\frac{C'^2}{2}\sqrt{\pi}z^{-3/2} \end{aligned}$$よって、$z=\dfrac{1}{2(\Delta t)^2}$なので、最小波束は、
$$f(t)=\frac{1}{\left\{ 2\pi(\Delta t)^2\right\}^{1/4}}\exp\left(-\frac{(t-⟨t⟩)^2}{\left( 2\Delta t\right)^2}+i⟨\omega⟩t\right)$$です。
実信号を仮定すると、$\left⟨ \omega \right⟩=0$より、$f(t)$が正規分布の信号は最小性を満たす事がわかります。
量子力学との関係
次に、量子力学との関連を議論します。
一次元量子力学では、波動関数$f(x)$に対して、位置の測定確率が$|f(x)|^2$に従い、波数$k$の測定確率は、空間に対してフーリエ変換を行った$|F(k)|^2$に従います。
さらに量子力学では、運動量は$p=\hbar k$であるため、これまでの議論における時間領域を空間領域、周波数領域を波数領域と読み替えて、微分演算子を$\hbar$倍するだけで、量子力学の不確定性原理の証明となります。
対応は以下のようになります。
信号処理 | 一次元量子力学 | |
---|---|---|
$f(t)$ or $f(x)$ | 時間領域 | 空間領域 |
$F(\omega)$ or $F(k)$ | 周波数領域 | 波数領域 |
掛け算演算子 | $T: \left( t-\left⟨ t\right⟩\right)f(t)$ | $X: \left( x-\left⟨ x\right⟩\right)f(x)$ |
微分演算子 | $D: -if'(t)-⟨\omega⟩f(t)$ | $P: -i\hbar f'(x)-\hbar⟨k⟩f(x)$ |
交換関係 | $[T,D]=i$ | $[X,P]=i\hbar$ |
不確定性原理 | $\Delta t\Delta \omega \geq \dfrac{1}{2}$ | $\Delta x \Delta p \geq \dfrac{\hbar}{2}$ |
これで、量子力学の教科書では必ず見る不確定性原理
$$\Delta x \Delta p \geq \dfrac{\hbar}{2}$$の証明もできました。
おわりに
お疲れ様でした。ここまでお読みいただきありがとうございます。
走り書きですので、誤記を見つけた際は、コメントにて知らせください。
それでは、ごきげんよう!また逢う日まで!