2021/04/23 01:47 更新
Mathematics Made Troublesome
目次

自然対数の底の存在

高校の「数学 III」でも習うことであるが,数列

$$a_{n}=\left(1+\frac{1}{n}\right)^{n}$$

は $n\to\infty$ の極限において有限な値に収束する。
その極限値を自然対数の底といい,Euler に倣って $e$(私は $\LaTeX$ の数式モードでイタリック体で記してしまうが,ローマン体で $\rm{e}$ と記すものらしい)と記す。$n=1,2,3$ くらいでどの程度の値になりそうか様子を見てみると,$2$ よりは大きそうだということはすぐにわかるものの,$3$ を超えるかどうかについてはたったこれだけでは判断できそうにない。

この数列が収束すること,つまり極限値 $e$ が存在することを示す標準的な議論は「上に有界な単調増加数列は収束する」という定理(公理)を基礎に置くものである。

証明で使用する事柄

記述を見やすくなることをねらって,数列 $(a_n)$ の第 $1$ 項から第 $n$ 項までの積を

$$\prod_{k=1}^{n}a_{k}$$

と表す記法を導入する。
ただし,数列 $(a_n)$ によらず,「初期値」は常に $\prod_{k=1}^{0}a_k:=1$ と約束し,
$n\in\mathbb{N}$ に対して帰納的(再帰的)に

$$\prod_{k=1}^{n}a_{k}:=\left(\prod_{k=1}^{n-1}a_{k}\right)a_{n}$$

と定義する。$\prod$ は product の頭文字 p に相当するギリシャ文字 $\pi$ の大文字である。

この記法は,高校で取り扱う数列 $(a_n)$ の和:

$$\sum_{k=1}^{0}a_{k}:=0,\\ \sum_{k=1}^{n}a_{k}:=\sum_{k=1}^{n-1}a_{k}+a_{n}\quad (n\in\mathbb{N})$$

の積バージョンである。こちらは sum の頭文字 s に相当するギリシャ文字 $\sigma$ の大文字 $\sum$ が用いられている。

ちなみに,$a_n=n$ であるとき,高校では数列の単元で

$$\sum_{k=1}^{n}k=\frac{1}{2}n(n+1)$$

を習い,順列や組合せの単元で

$$\prod_{k=1}^{n}k=1\cdot 2\cdots (n-1)\cdot n=n!$$

を習う。このように考えると,階乗の記法 $n!$ や順列,組合せの数は数列の単元において,一種の数列であるという観点から詳しく取り扱われてもよいように思われるが,それはまた別の話である。

さて,4 つの実数 $a$,$b$,$c$,$d$ が,$0<a<b$ かつ $0<c<d$ を満たしているとき,正の数においては「小さい数同士の積」は「大きい数同士の積」よりも小さい,すなわち

$$0<ac<bd$$

が成り立つ。
この基本的な事実の証明は,不等式の基本性質に習熟するための格好の演習問題である:
$0<a<b$ の両辺に $c>0$ を掛けて得られる $0<ac<bc$ と,$0<c<d$ の方に $b>0$ を掛けて得られる $bc<bd$ をつなげると $0<ac<bc<bd$ となることから示される。

この性質を一般化すると,各 $n\in\mathbb{N}$ に対して $0<a_{n}<b_{n}$ が成り立つとき,

$$0<\prod_{k=1}^{n}a_{k}<\prod_{k=1}^{n}b_{k}$$

も成り立つこととなる。きちんと証明するには,先ほど述べた 4 つの正の数に関する不等式をベースに,数学的帰納法を適用すればよい。

二項定理による展開

数列 $(a_n)$ の第 $n$ 項を次のように定義する:

$$a_{n}:=\left(1+\frac{1}{n}\right)^n.$$

このまま右辺を眺めているだけではこの数列の振る舞いはさっぱりわからないが,二項定理

$$(x+y)^{n}=\sum_{k=0}^{n}\binom{n}{k}x^{n-k}y^{k}$$

を $x=1$,$y=1/n$ として適用し,

$$a_{n}=\left(1+\frac{1}{n}\right)^n=\sum_{k=0}^{n}\binom{n}{k}\cdot 1^{n-k}\cdot\left(\frac{1}{n}\right)^{k}$$

を得る。ここで,$\binom{n}{k}$ は高校では ${}_{n}\mathrm{C}_{k}$ と書かれた二項係数もしくは「$n$ 個の異なるものから $k$ 個のものを選び出す組合せ」の数であって,階乗を用いて

$$\binom{n}{k}=\frac{n!}{k!(n-k)!}=\frac{1}{k!}(n-0)(n-1)\cdots\{n-(k-1)\} =\frac{1}{k!}\prod_{i=0}^{k-1}(n-i)$$

と表される。ただし,「初期値」として,$k=0$ のときは $\prod_{i=0}^{-1}(n-i):=1$ と定めておく。
この最右辺で $n-0$ と書いたのは,結城浩著『数学ガール』から学んだ工夫である。こうしておくと,因数が $n-0$ から $n-(k-1)$ まで $k$ 個あることが直ちに見て取れるので便利である。こういうちょっとした工夫は,その後自分でも生み出せないものかと日々考えを巡らせ続けている。

では,$a_n$ の右辺を二項定理で展開した後のさらなる式変形を行おう。

$$n^k=\underbrace{n\cdots n}_{\text{$n$ が $k$ 個}}=\prod_{i=0}^{k-1}n$$

と書き換えられることと,各項が $0$ ではない数列 $(x_n)$ と,数列 $(y_n)$ について

$$\frac{\displaystyle\prod_{i=0}^{k-1}y_{i}}{\displaystyle\prod_{i=0}^{k-1}x_{i}} =\prod_{i=0}^{k-1}\frac{y_{i}}{x_{i}}$$

が成り立つことに注意すると,

$$a_{n}=\sum_{k=0}^{n}\frac{1}{k!}\left(\prod_{i=0}^{k-1}(n-i)\right)\frac{1}{n^{k}} =\sum_{k=0}^{n}\frac{1}{k!}\prod_{i=0}^{k-1}\left(\frac{n-i}{n}\right) =\sum_{k=0}^{n}\frac{1}{k!}\prod_{i=0}^{k-1}\left(1-\frac{i}{n}\right)$$

となる。これでお膳立ては整った。

まず,$i\in [0\ ..\ k-1]$ に対し,$0<i<k-1<n$ であるから $0<1-\frac{i}{n}<1$ が成り立つ。したがって,

$$0<\prod_{i=0}^{k-1}\left(1-\frac{i}{n}\right)<\prod_{i=0}^{k-1}1=1$$

となり,

$$a_n<\sum_{k=0}^{n}\frac{1}{k!}$$

というスッキリした不等式が得られる。そしてさらに $k\ge 2$ において $k!=k\cdot (k-1)\cdots 1\ge k(k-1)>0$ であるから,逆数について

$$\frac{1}{k!}<\frac{1}{k(k-1)}$$

が成り立つ。さらに部分分数分解

$$\frac{1}{k(k-1)}=\frac{1}{k-1}-\frac{1}{k}$$

を用いると(私は,分母が「小さい」$1/(k-1)$ から,分母が「大きい」$1/k$ を引く,とこじつけて覚えている),$n\ge 2$ に対し

$$\begin{aligned} a_n&<\sum_{k=0}^{n}\frac{1}{k!}\\ &=\frac{1}{0!}+\frac{1}{1!}+\sum_{k=2}^{n}\frac{1}{k!}\\ &<2+\sum_{k=2}^{n}\frac{1}{k(k-1)}\\ &<2+\sum_{k=2}^{n}\left(\frac{1}{k-1}-\frac{1}{k}\right)\\ &<2+\left(1-\frac{1}{n}\right)\\ &<3 \end{aligned}$$

となり,$n\in\mathbb{N}$ によらず,常に $a_n<3$ が成り立つこと,すなわち数列 $(a_n)$ が上に有界であることが示された。

次に,$(a_n)$ が単調増加であることを示そう。それもやはり

$$a_{n}=\sum_{k=0}^{n}\frac{1}{k!}\prod_{i=0}^{k-1}\left(1-\frac{i}{n}\right)$$

という表示から読み取ることができる。この式において $n$ を $n+1$ と書き換えると

$$\begin{aligned} a_{n+1}&=\sum_{k=0}^{n+1}\frac{1}{k!}\prod_{i=0}^{k-1}\left(1-\frac{i}{n+1}\right)\\ &=\sum_{k=0}^{n}\frac{1}{k!}\prod_{i=0}^{k-1}\left(1-\frac{i}{n+1}\right)+\frac{1}{(n+1)!}\prod_{i=0}^{n}\left(1-\frac{i}{n+1}\right)\\ &>\sum_{k=0}^{n}\frac{1}{k!}\prod_{i=0}^{k-1}\left(1-\frac{i}{n+1}\right) \end{aligned}$$

となる。ただし,和を初項から第 $n$ 項までの和と,最後の第 $n+1$ 項に分け,
その第 $n+1$ 項は正の数であるから,それを取り除いた和が小さくなることを用いた。

そして,$i\in [0\ ..\ k-1]$ に対し,

$$1-\frac{i}{n+1}>1-\frac{i}{n}>0$$

であるから,

$$\prod_{i=0}^{k-1}\left(1-\frac{i}{n+1}\right)\ge\prod_{i=0}^{k-1}\left(1-\frac{i}{n}\right)$$

が成り立つ。ここで等号を含めたのは,$k=0,1$ のとき両辺共に $1$ になるからである。

この不等式はすべての $k\in[0\ ..\ n]$ に対して成り立つから,両辺に $\frac{1}{k!}>0$ をかけて $k$ について和をとると

$$\sum_{k=0}^{n}\frac{1}{k!}\prod_{i=0}^{k-1}\left(1-\frac{i}{n+1}\right)\ge\sum_{k=0}^{n}\frac{1}{k!}\prod_{i=0}^{k-1}\left(1-\frac{i}{n}\right)$$

となる。この左辺よりも $a_{n+1}$ は大きいが,右辺は $a_n$ そのものであるから,$a_n<a_{n+1}$ であることが示された。すなわち,数列 $(a_n)$ は単調増加数列である。

こうして,勇気を奮って二項定理で展開することにより道が開かれ,

$$a_{n}=\sum_{k=0}^{n}\frac{1}{k!}\prod_{i=0}^{k-1}\left(1-\frac{i}{n}\right)$$

という表示を得ることで,数列 $(a_n)$ が上に有界であり,かつ,単調増加であることを共にこの表示を利用して導くことができたのである。

この証明の原型が誰に帰するものなのか知らないが,実に味わい深い,鑑賞に値する議論だと改めてしみじみ感じ入るほかない。

[投稿履歴]
2021年4月23日:初稿。$k=0$ や $k=1$ の場合の扱いが不完全かもしれないと思いつつも投稿。