イジング模型(Ising model)は統計力学で扱われる数理模型のひとつです。強磁性体や格子気体の模型として用いられます。1 次元と 2 次元のイジング模型は、数学的に厳密解を求めることができる可解格子模型です。
ここでは、2 次元イジング模型の定義と、それを解くとはどういうことを指すのかを述べます。
2 次元イジング模型の定義
$m$ 行 $n$ 列の格子(lattice)を考えます。次の図は $5 \times 6$ の格子の例です。
格子点を座標 $(i, j)$ であらわすことにします。例えば上の図で赤い格子点は $(3, 4)$ であらわします。また、$m \times n$ の格子点全体の集合を $L$ とします。
それぞれの格子点 $(i, j) \in L$ に対して $+1$ または $-1$ の値を指定することを、配置(configuration)と呼びます。つまり配置とは、写像
$$\begin{aligned} L & \to \{\pm 1\} \\ (i, j) & \mapsto s_{ij} \end{aligned}$$のことです。また、$s_{ij}$ を格子点 $(i, j)$ のスピン(spin)と呼びます。配置 $s : L \to \{\pm 1\}$ と写像で書く代わりに、$s = (s_{ij})_{1 \leq i \leq m,\, 1 \leq j \leq n}$ という書き方もします。
配置 $s = (s_{ij})$ が与えられたとき、$s_{i+m,\,j} = s_{ij}$ および $s_{i,\,j+n} = s_{ij}$ という規則を追加することで、$i, j \in \mathbb{Z}$ に定義を拡張しておきます。この規則を周期境界条件と呼びます。
配置 $s = (s_{ij})$ に対して、実数値 $E(s)$ を次で定義します。
$$E(s) := - E_1 \sum_{i,\,j} s_{ij} s_{i+1,\,j} - E_2 \sum_{i,\,j} s_{ij} s_{i,\,j+1}$$ここで、$E_1$ と $E_2$ は正の定数、$\displaystyle \sum_{i,\,j}$ は $\displaystyle \sum_{i=1}^m \sum_{j=1}^n$ の略記です。$E(s)$ を配置 $s$ のエネルギー(energy)と呼びます。
このように、格子点集合 $L$ の配置 $s$ に対するエネルギー $E(s)$ を設定した模型をイジング模型(Ising model)と呼びます。今は $L$ を 2 次元の格子としているため、特に 2 次元イジング模型と呼びます。
補足 1:模型(model)という言葉は数理物理の用語です。
補足 2:イジング模型は、より一般には、磁場を考えたり相互作用が最近接に限らなかったりします。上述の定義は、最も狭い意味の定義となっています。
分配関数
統計力学の一般論によれば、ある系が絶対温度 $T$ の平衡状態にあるとき、エネルギー $E(s)$ を持つ配置 $s$ が出現する確率は
$$p(s) = \frac{1}{Z} \exp \left( - \frac{E(s)}{k_B T} \right)$$です。ここで $k_B$ は Boltzmann 定数です。$Z$ は全確率を $1$ に規格化する定数で、
$$Z = \sum_{s} \exp \left( - \frac{E(s)}{k_B T} \right)$$です。$\displaystyle \sum_{s}$ は全ての配置 $s$ についての和をとるという意味です。$Z$ は $T$ によって決まる値ですので、$T$ についての関数と見ることができます。$Z(T)$ は分配関数(partition function)と呼ばれます。
2 次元イジング模型の分配関数は、
$$\begin{aligned} Z(T) & = \sum_{s} \exp \left( - \frac{E(s)}{k_B T} \right) \\ & = \sum_{s} \exp \left( \frac{E_1}{k_B T} \sum_{i,\,j} s_{ij} s_{i+1,\,j} + \frac{E_2}{k_B T} \sum_{i,\,j} s_{ij} s_{i,\,j+1} \right) \\ & = \sum_{s} \exp \left( K_1 \sum_{i,\,j} s_{ij} s_{i+1,\,j} + K_2 \sum_{i,\,j} s_{ij} s_{i,\,j+1} \right) \end{aligned}$$と書けます。ここで $K_1 := \frac{E_1}{k_B T}$、$K_2 := \frac{E_2}{k_B T}$ とおきました。
いま、格子 $L$ は $m \times n$ の有限のサイズとしていました。統計力学の模型として本当に考えたいのは、$m,\,n \to \infty$ の場合です。その場合の分配関数 $Z(T)$ を記述するのがひとつの目標となります。
模型が「解ける」とは
統計力学と熱力学の一般論によれば、ある系の自由エネルギー $F(T)$ と分配関数 $Z(T)$ との間に次の関係があります。
$$F(T) = - k_B T \log Z(T)$$$F(T)$ は熱力学において最も基本的な物理量であり、他の熱力学量を導くことができます。したがって、分配関数を記述することができれば、模型が「解ける」といえます。
そして、2 次元イジング模型はこの意味で「解ける」模型です。
補足:一般には模型が「解ける」という言葉はこの意味に限りません。