「最近学んだことをちゃんとまとめよう」という思いから,「2次体の整数環」というテーマで6回に亘って記事を書こうと思います.
初回である本記事は整数環の基礎である「整閉包」について説明します.なお第2回では整数環を定義し,第3回では2次体の整数環を決定します.残りの3回で「2次体の整数環の例」を三つの種類に分けて少しだけ性質を掘り下げます.
なお,この一連の記事では環といえば単位元$1$をもつものでかつ$0 \neq 1$である環だけを考えます.大概は整域しか出てきませんし,せいぜい可換環しか出てきません.
前提知識
6回分すべての記事で環論・体論のある程度の知識を仮定します.より正確には文献[1]の第7章までの知識は前提とします.
それに加えて第$n$回の記事では第$k$回 ($1 \le k < n$) の記事の内容を前提とします.
整
定義
$A, B$: 可換環,$\phi \colon A \longrightarrow B$: 環準同型とする.
(1) $x \in B$が$A$上 整 (integral) であるとは,$x$が$\phi(A)$係数のモニックな多項式の根となることをいう.
(2) $B$が$A$上整であるとは,任意の$B$の元が$A$上整であることをいう.
(3) $B$が$A$の 整拡大 (integral extension) であるとは,$B$が$A$の拡大環であって$A$上整であることをいう.
$x \in B$が$A$上整であることの定義は,式で書くと
$$\exists n \in \mathbb{N},\; \exists a_1, \dots, a_n \in A,\; x^n + \phi(a_1) x^{n-1} + \dots + \phi(a_{n-1}) x + \phi(a_n) = 0$$ということを意味します.もし$A$が$B$の部分集合になっている場合には$\phi$として包含写像をとることになり,上の条件式も
$$\exists n \in \mathbb{N},\; \exists a_1, \dots, a_n \in A,\; x^n + a_1 x^{n-1} + \dots + a_{n-1} x + a_n = 0$$と少し簡略化されます.
対応概念
可換環の整拡大は体の代数拡大に対応する概念といえます.ちなみに体の代数拡大は次のように定義されます.
$K$: 体,$L$: $K$の拡大体とする.
(1) $x \in L$が$K$上 代数的 (algebraic) であるとは,$x$が$K$係数のモニックな多項式の根となることをいう.
(2) 拡大$L/K$が 代数拡大 (algebraic extension) であるとは,任意の$L$の元が$K$上代数的であることをいう.
なお,定義 1.1.2では定義 1.1.1との対比のためにモニックな多項式を使って定義を書きましたが,モニック性は本質的ではありません.
なぜなら$x \in L$が$f(x) = a_0 x^n + a_1 x^{n-1} + \dots + a_{n-1} x + a_n \in K[x]$の根となるとき,${a_0}^{-1} f(x) \in K[x]$はモニックな多項式になるからです.
整拡大の例は以後でたくさん出てくるので,ここでは代数拡大の例だけを示します.
例 1.1.3
(1) $\mathbb{C}$は$\mathbb{R}$上代数的である.
なぜなら,どんな複素数$a + b \sqrt{-1}$ ($a, b \in \mathbb{R}$) も,$x^2 - 2ax + a^2+b^2$の根となるから.
(2) $\mathbb{R}$は$\mathbb{Q}$上代数的ではない.
なぜなら,円周率$\pi$は$\mathbb{Q}$上代数的でないから.これはNapier数$\mathrm{e}$が代数的でないこととLindemann–Weierstrass定理から従うようです (cf. [2, 3]).
整閉包
代数拡大についてはその中で最大なものが考えられ,これを 代数閉包 (algebraic closure) と呼びました.「整」という概念は「代数的」という概念を可換環上に落とし込んだものといえなくもないのですが,代数閉包に対応する「整」の土壌の概念として整閉包というものがあります.今回のシリーズのタイトルにもある整数環はこの整閉包に関連する概念です.
$A$: 整域,$K$: $A$を含む体とする.
$K$における$A$の 整閉包 (integral closure) とは,$K$の元であって$A$上整であるもの全体の集合を指す.
念のため補足をすると,体$K$も$A$を含む可換環と考えることができるので,定義 1.1.1の記述に即しています.
以下では,可換環$A$とその拡大環$B$を考えたときに,$B$の元であって$A$上整であるもの全体の集合が$B$の部分環になることを示します.これには整という概念を加群の言葉で説明できると便利です.
$A$: 可換環,$B$: $A$を含む可換環とする.$C$を有限生成な$B$の部分$A$加群とすると,$C$の元はすべて$A$上整である.
証明.
$x \in C$とする.$C$の生成元として$e_1 = 1, e_2, \dots, e_m$をとると,$xe_j \in C$ ($j \in [m] := \{1,\dots,m\}$) は$e_1 = 1, e_2, \dots, e_m$の$A$係数の線形結合で書ける.つまり
と$A$の元を成分にもつ行列を用いて表すことができる.この行列を$P$とおくと
$$(e_1 \; \cdots \; e_m) (P - x I_{m}) = (0\; \cdots \; 0).$$両辺に$P-xI_m$の随伴行列を右からかけて
$$\det (P - x I_{m}) (e_1 \; \cdots \; e_m) I_m= (0\; \cdots \; 0).$$特に1番目の成分から,$e_1 \det(P-xI_m) = \det(P-xI_m) = 0$を得る.よって,$f(t) := \det(tI_m - P)$とおくとこれはモニックな$A$係数の多項式であり,$x$を根に持つ.したがって,$x$は$A$上整である.
$A$: 可換環.$B$: $A$を含む可換環とする.$x_1,\dots,x_n \in B$とするとき次の1.と2.は同値.
- $x_1, \dots, x_n$は$A$上整.
- $A[x_1,\dots,x_n]$は有限生成な$B$の部分$A$加群.
証明.
(1) ならば (2)について
$x_1$は$A$上整なので,ある$A$係数の既約なモニック多項式$f(t)$であって$f(x_1)=0$となるものが存在する.このとき,$\phi \colon A[t]/(f(t)) \longrightarrow A[x_1]$として$t$に$x_1$を代入する写像を考えるとこれは全射な準同型写像になる.いま,$\phi$の始域$A[t]/(f(t))$は生成元として$1,t,\dots,t^{m-1}$ ($m = \deg f(t)$) がとれる有限生成な$A$加群であるから,$A[x_1]$も有限生成$A$加群である.
同様に$A[x_1,x_2]$が有限生成$A[x_1]$加群であることが従う.ここで$A[x_1]$は有限生成$A$加群であるから,$A[x_1,x_2]$の生成元を$A[x_1]$の生成元を使って表すことで$A[x_1,x_2]$が有限生成$A$加群であることが従う.
以下同様にすることで,$A[x_1,\dots,x_n]$が有限生成$A$加群であることが従う.
(2) ならば (1)について
これは命題 1.2.2から従う.
$A$: 可換環.$B$: $A$を含む可換環とする.$B$の元であって$A$上整であるもの全体の集合は可換環になる.
証明.
$C$を$B$の元であって$A$上整であるもの全体の集合とする.以下で$C$が$B$の部分環になることを示す.これには$0,1 \in C$であることから$a,b \in C$として$a \pm b, ab \in C$であることを示せば十分となる.
$a,b \in C$のとき命題 1.2.3から$A[a,b]$は有限生成な$B$の部分$A$加群となる.したがって特に和/差$a \pm b$や積$ab$も$A[a,b]$の元となる.さらに命題 1.2.2でみたように有限生成$A$加群の元は$A$上整なので$a \pm b, ab \in C$となる.
この命題から,整閉包は可換環になることが分かります.
まとめ
(1) 可換環$A$に対してその拡大環のある元が$A$上整であるということは$A$係数のモニックな多項式の根となることをいう.
(2) 整域$A$とそれを含む体$K$に対して,$K$における$A$の整閉包は可換環になる.
参考文献
1: 整数論1 初等整数論から$p$進数へ.雪江明彦 著.
2: $\pi$が超越数であることの証明 - INTEGERS.
3: リンデマンの定理 - Wikipedia