2020/10/29 00:36 更新
$\R^n$や$\R^{m, n}$上の等長写像の特徴づけ
目次
$$\gdef\qed{\blacksquare} \gdef\conj#1{\overline{#1}} \gdef\ip#1#2{\left\langle #1,\, #2\right\rangle} \gdef\trans{\mathsf{T}} \gdef\O{\mathrm{O}}$$

前提知識

線形代数 (線形写像の定義を知っている程度)

導入

$$$$

直感的にユークリッド空間 (Euclid space) の距離を保つ変換は回転と平行移動を合わせたもの, つまり

$$f(x) = Rx + b,\ R \in \O(n),\ b \in \R^n$$

という形の写像で表される. ここで$\O(n)$は直交群と呼ばれる回転及び反転を表す行列全体の集合である.
回転と平行移動を合わせたものが距離を保つことの証明は容易だが, 距離を保つ写像がこのような形であることの証明は明らかではない. 相対性理論の時空の場合は真偽自体も直感的に明らかでなくなる.
通常の (非相対論的) 物理学ではベクトル$(x, y, z)$の大きさを$x^2 + y^2 + z^2$で測る. しかし相対論では空間ではなく時空を考えることでベクトルは$(t, x, y, z)$という形になり, その大きさは (光速が$1$となる単位系の場合) $t^2 - x^2 - y^2 - z^2$により測られる. この計量を伴った時空はユークリッド空間と対比してミンコフスキー空間 (Minkowski space) またはミンコフスキー時空 (Minkowski space-time) と呼ばれる.
ミンコフスキー空間についても距離を保つ写像が上述のようなシンプルな表示を持つことはユークリッド空間の場合の類推から成り立つことが期待される.
いくつかの準備をしたあと, この主張を一般的に証明する.

擬内積空間

$$\gdef\G{\mathrm{G}}$$

以降ではベクトル空間は実ベクトル空間を指すものとする.

定義 1 $\R^n$の内積を以下のように定義する.

$$\ip{(x_1, \dots, x_n)}{(y_1, \dots, y_n)} = x_1 y_1 + \dots + x_n y_n$$

このような内積を込めて$\R^n$をユークリッド空間と呼ぶ.
$\R^{m, n}$をベクトル空間としては$\R^{m + n}$とし, 次のような擬内積を入れたものとする.

$$\ip{(x_1, \dots, x_{m + n})}{(y_1, \dots, y_{m + n})} = x_1 y_1 + \dots + x_m y_m - x_{m + 1} y_{m + 1} - \dots - x_{m + n} y_{m + n}$$

これは通常の内積と異なる性質を持つため内積ではなく擬内積と呼ぶことにする.
この擬内積を込めて$\R^{m, n}$をミンコフスキー空間と呼ぶ.
$\R^n = \R^{n, 0}$であるからミンコフスキー空間はミンコフスキー空間に含まれる.

$$\G_{m, n} = (g_{ij})\\ g_{ij} = \begin{cases} 1 & \text{($i = j$かつ$1 \le i \le m$)} \\ -1 & \text{($i = j$かつ$m + 1 \le i \le m + n$)} \\ 0 & \text{($i \neq j$)} \end{cases}$$

と定義する. このとき$\R^{m, n}$の内積は$x, y \in \R^{m, n}$を縦ベクトルとすると,$\ip{x}{y} = x^\mathsf{T} \G y$と書ける.

ユークリッド空間, 及びミンコフスキー空間を抽象化して内積空間と擬内積空間を定義する.

定義 2 $V$をベクトル空間とする.
このとき$\ip{\cdot}{\cdot}: V \times V \to \R$が$V$の内積であるとは以下の条件を満たすこと.
任意の$x, y, z \in V,\ a \in \R$に対して

$$\begin{aligned} &1.\ \ip{ax + y}{z} = a\ip{x}{z} + \ip{y}{z} \text{ (線形性)} \\ &2.\ \ip{x}{y} = \ip{y}{x} \text{ (対称性)} \\ &3.\ \ip{x}{x} \ge 0 \text{ (正定値性)} \\ &4.\ \ip{x}{x} = 0 \implies x = 0 \text{ (非退化性)} \end{aligned}$$

さらに擬内積を内積の条件から3を除き4を以下の条件に置き換えたものとして定義する.

$$4'.\ \forall y \in V,\, \ip{x}{y} = 0 \Rightarrow x = 0$$

$4$は$4'$の仮定を特に$y=x$としたものであるから$4'$より強い条件である. ゆえに内積は擬内積である. ミンコフスキー空間$4'$を満たすことは基底との内積を計算することで容易に証明できる.

擬内積空間の元$x$に対し, $x^2 = \ip{x}{x}$と定義する.

定義 3 $V$を擬内積空間とする. $\{e_i\}_{i=1}^n \sub V$が次の条件を満たすとき正規直交系と呼ぶ.

$$\ip{e_i}{e_j} = \begin{cases} \pm 1 & \text{($i = j$のとき)} \\ 0 & \text{($i \neq j$のとき)} \end{cases}$$

正規直交系が基底になっているとき正規直交基底と呼ぶ.

命題 4 $V$を擬内積空間とする. $V$の正規直交系は一次独立である.

証明 $\{e_i\}_{i=1}^n \sub V$を正規直交系とする.
$a_1, \dots, a_n \in \R,\ a_1 e_1 + \dots a_n e_n = 0$とする. このとき

$$0 = \ip{a_1 e_1 + \dots + a_n e_n}{e_i} = \pm a_i,\ (i = 1, \dots n)$$

よって$a_i = 0,\ (i = 1, \dots n)$. ゆえに一次独立である. $\qed$

命題 5 $V$を擬内積空間とする. $V$は正規直交基底を持つ.

証明 正規直交基底を次のように帰納的に構成する. 正規直交系$\{e_i\}_{i=1}^k$が得られているとする. $k=\dim V$であればこれは正規直交基底である. そうでない場合, $e'_1, \dots, e'_l,\ (l = \dim V - k)$を加えることで$V$の基底を構成することができる.

$$e''_j = e'_j - \sum_{i=1}^k \frac{\ip{e'_j}{e_i}}{e_i^2} e_i$$

と直交化すると$\{e_i\}_{i=1}^k \cup \{e''_j\}_{j=1}^l$もまた基底になる. 三つの場合に分けて$e_{k + 1}$を構成する.
$(\mathrm{i})$ $j \in \{1, \dots, l\}$が存在して$e''_j \neq 0$のとき: $e_{k + 1} = e''_j / \sqrt{|{e''}_j^2|}$とおく.
$(\mathrm{ii})$ 任意の$j \in \{1, \dots, l\}$に対して${e''_j}^2 = 0$かつ$i, j \in \{1, \dots, l\}$が存在して$\ip{e''_i}{e''_j} \neq 0$であるとき: $e'' = e''_i + e''_j$とおくと

$$e''^2 = {e''}_i^2 + 2 \ip{e''_i}{e''_j} + {e''}_j^2 = 2 \ip{e''_i}{e''_j} \neq 0.$$

よって$e_{k + 1} = e'' / \sqrt{|e''^2|}$とおく.
$(\mathrm{iii})$ 任意の$i, j \in \{1, \dots, l\}$に対して${e''}_j^2 = 0$, $\ip{e''_i}{e''_j} = 0$であるとき: $e''_1$は基底$\{e_i\}_{i=1}^k \cup \{e''_j\}_{j=1}^l$の任意の元と直交するので, 擬内積の非退化性から$e''_1 = 0$であるが, これは$e''_1$が基底の一部であることに矛盾するのでこのような場合はない.
上記のように$e_{k + 1}$を定めることでより大きな正規直交系を得られる. これを繰り返すことで正規直交基底を構成することができる. $\qed$

定義 6 $V$を擬内積空間とする. 写像$f: V \to V$が

$$\forall x, y \in V,\, f(x - y)^2 = (x - y)^2$$

を満たすとき$f$を等長写像と呼ぶ.

定義 7 $V$を擬内積空間とする. 等長な線形写像全体の集合を$\O(V)$と書く. $\O(n) = \O(\R^n),\ \O(m, n) = \O(\R^{m, n})$と定義する. 相対論的時空を表す$V=\R^{1, 3}$に対応する$\O(1, 3)$はローレンツ群 (Lorentz group) と呼ばれる.

このとき$\O(n)$, $\O(m, n)$は以下のような行列の集合として具体的に書ける.

$$\O(n) = \{ R: \text{$n$次正方行列};\ R^\mathsf{T}R = I \}\\ \O(m, n) = \{ R: \text{$n$次正方行列};\ R^\mathsf{T}\G_{m, n}R = \G_{m, n} \}$$

ここで$I$は単位行列.

補題 8 $V$を擬内積空間, $\{e_i\}_{i=1}^n, \{e'_i\}_{i=1}^n \sub V$を$V$の正規直交基底とする. このとき$e_i^2 = {e'_i}^2,\ (i = 1, \dots, n)$ならば線形写像$f: V \to V$を$f(e_i) = e'_i,\ (i=1, \dots n)$で定義すると$f \in \O(V)$.

これは簡単な計算により証明できる. $\qed$

等長写像の特徴づけ

定理 9 $V$を擬内積空間, $f: V \to V$を等長写像とする. このとき$R \in \O(V),\, b \in V$が存在して

$$f(x) = Rx + b$$

と書ける.

$V = \R^{1, 3}$であるとき, この形の写像全体の集合はポアンカレ群 (Poincaré group), または非斉次ローレンツ群 (inhomogeneous Lorentz group) と呼ばれ, 相対論的時空の計量を保つ座標変換全体を表す.
この定理の証明のためにまず次の補題を証明する.

補題 10 $V$を擬内積空間, $f: V \to V$を$f(0) = 0$である等長写像とする. このとき$R \in \O(V)$が存在して

$$f(x) = Rx$$

と書ける.

証明 正規直交基底$\{e_i\}_{i=1}^n \sub V$を固定する.
まず$f(e_1), \dots, f(e_n)$によって$f$が一意に定まることを示す.
より正確には, $g: V \to V$が$g(0) = 0$である等長写像であり, $f(e_i) = g(e_i),\, (i = 1, \dots, n)$を満たすとき, $\forall x \in V,\, f(x) = g(x)$であることを示す.

$x \in V$に対して, 等長性より$(f(x)\ - f(0))^2 = (x - 0)^2$. $f(0) = 0$であったから$f(x)^2 = x^2$である.
さらに$x, y \in V$に対して

$$\begin{aligned} (f(x) - f(y))^2 &= f(x)^2 + 2\ip{f(x)}{f(y)} + f(y)^2 \\ &= x^2 + 2\ip{f(x)}{f(y)} + y^2 \end{aligned}$$

一方

$$\begin{aligned} (f(x) - f(y))^2 &= (x - y)^2 \\ &= x^2 + 2\ip{x}{y} + y^2 \end{aligned}$$

これらを比較することで$\ip{f(x)}{f(y)} = \ip{x}{y}$を得る.
よって$\{f(e_i)\}_{i=1}^n$も正規直交基底である.
したがって$x \in V$を固定すると,

$$f(x) = \sum_{j=1}^n a_i f(e_i),\ (a_1, \dots, a_n \in \R)$$

と書くことができる.

$$\begin{aligned} \ip{f(x)}{f(e_j)} &= \ip{\sum_{i=1}^n a_i f(e_i)}{f(e_j)} \\ &= \sum_{i=1}^n a_i \ip{f(e_i)}{f(e_j)} \\ &= \sum_{i=1}^n a_i \ip{e_i}{e_j} \\ &= a_i \ip{e_j}{e_j} = a_j e_j^2 \end{aligned}$$

一方

$$\ip{f(x)}{f(e_j)} = \ip{x}{e_j}$$

よって

$$a_j = \frac{\ip{x}{e_j}}{e_j^2}$$

これを$a_i$を定義していた式に代入すると

$$f(x) = \sum_{i=1}^n \frac{\ip{x}{e_i}}{e_i^2} f(e_i)$$

これは写像$f$が$f(e_1), \dots, f(e_n)$から定まっていることを示す.
実際$g: V \to V$が$g(0) = 0$である等長写像であり, $f(e_i) = g(e_i),\, (i = 1, \dots, n)$を満たすとすると, 任意の$x \in V$に対して

$$\begin{aligned} f(x) &= \sum_{i=1}^n \frac{\ip{x}{e_i}}{e_i^2} f(e_i) \\ &= \sum_{i=1}^n \frac{\ip{x}{e_i}}{e_i^2} g(e_i) \\ \\ &= g(x) \end{aligned}$$

となる.

線形写像$R: V \to V$を$Re_i = f(e_i),\ (i = 1, \dots, n)$で定める. このとき$R \in O(V)$である. また, 上で証明した一意性から$\forall x \in V,\ f(x) = Rx$を満たす. $\qed$

定理 9 の証明 $b = f(0)$, $g(x) = f(x) - b$ とおくと$g$は$g(0) = 0$である等長写像であるから, $R \in O(V)$が存在して$g(x) = Rx$と書ける. よって$f(x) = g(x) + b = Rx + b$と書ける. $\qed$

あとがき

これは大学生の頃に疑問に思ったものの証明できず, 検索してもうまく証明を見つけられなかった命題でした. 当時の自分のような学生の助けになれば幸いです.

相対論的時空では純粋に計量を保つという条件だけからポアンカレ群という一次変換が導出されましたが, これは非相対論にはない性質です. 実際$(t, x) \mapsto (t, x - t^2 / 2)$ という加速度$1$で加速する座標系への変換は一次式ではありませんが, 時間的距離も同時刻での空間的距離も保ちます. 相対論のほうが非相対論より理論が美しくなるという話がよくありますがこれもその一つと言えるでしょう.