2020/11/07 18:27 更新
誰でもわかる「ABC予想」徹底解説
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目次

この記事はこちらをもとに再編集したものです。このサイトでは多くの数学記事を執筆しています。ぜひ,ご覧ください。

2020年4月。数学界に衝撃が起こった。なんと,整数論の超難問「ABC予想」が証明されたのだ。
約30年間,多くの数学者たちが挑戦し続けた超難問に,8年もの査読を要した京都大学数理解析研究所の望月新一教授の論文「宇宙際タイヒミューラー理論」がついに終止符を打った。

概要

 数学界には,多くの未解決問題が存在する。未解決問題は,まだ歴史の浅い最新の問題から,長い間未解決のままの問題まで様々だ。そんな未解決問題は“未解決”なのだから,当然,誰も到達したことのない世界が待っている。数学の未解決問題は,まず,ある程度の結論の予想が立てられる。その予想が真か偽かを証明する必要がある。つまり,数学の未解決問題で求められることは,その内容の真偽を証明するということだ。数学者は証明を考え,論文にまとめる。そして,その論文を査読し,その証明が正しいものかどうかを判断する。正しいと判断されれば,証明されたことになる。証明することができて初めて,その問題は解決したということになるのだ。
 未解決問題が解決した問題の例として,「フェルマーの最終定理」(アンドリュー・ワイルズが解決)や「ポアンカレ予想」(グレゴリー・ペレルマンが解決)などが有名である。これらの問題が解決されたときには「数学界の偉業が達成された」などと称賛され,世界中で報道された。そんな中,近日さらなる偉業が達成された。「ABC予想」が証明されたのである。証明の論文を発表した京都大学数理解析研究所の望月新一教授は2012年8月に,自身のホームページ上で計600ページ以上の4つの論文を発表。しかし,望月教授が独自に構築した全く新しい理論を土台としているため,論文の査読に8年もの時間を費やした。2017年12月に専門誌に掲載予定であることが報じられ,2020年4月,専門誌「PRIMS」に掲載されることが決定したのだ。

超難問「ABC予想」が証明されるまで

 30年間解かれることのなかった「ABC予想」だが,そもそもの問題の発端とはいったい何なのだろうか。
 そもそも「ABC予想」は,1985年,イギリス人のジョゼフ・オステルレとデイヴィッド・マッサーが提起した予想であり,数論と呼ばれる数学の1分野に関する超難問であった。未解決問題として27年間数多くの数学者がこの問題に挑んだが,誰一人解くことはできなかった。
 未解決問題には思わぬ“副産物”が生まれる。数学者たちの挑戦の中で新たな発見が生まれることがあるのだ。実際,「ABC予想」もこの予想から数々の興味深い“副産物”が得られた。数論における数々の有名な予想や定理が「ABC予想」が証明されることによって,その予想や定理も成り立つということが分かったのだ。「ABC予想」は「ディオファントス解析で最も重要な未解決問題」ともいわれ,この問題の解決が重要であることが示されている。
 2012年8月,数学界はにわかに色めき立った。京都大学数理解析研究所の望月新一教授の「宇宙際タイヒミューラー理論」と題された計600ページにもなる4つの論文が掲載されたのだ。その論文は「ABC予想」を証明したとする論文であり,「ついに証明されたのか!?」と注目された。
 しかし,その論文の内容は望月教授が独自に構築した全く新しい理論を土台としており,査読が困難であることが分かったのだ。査読は難航したが, 5年後の2017年12月,専門誌に掲載予定であることが報道され,再び注目を浴びた。そして,2020年4月3日,専門誌『PRIMS』に掲載されることが決定し,世界中で報道された。

「ABC予想」はどのような問題なのか

 世間を騒がせるほどの偉業である「ABC予想」の証明。では,その問題そのものはどのようなものなのだろうか。
 「ABC予想」は,加法と乗法に関する問題だ。つまり,計算の本質を問うている問題なのだ。「そんな数学の計算の基礎を問うている問題なら簡単じゃないか」と思ってしまうかもしれないが,おそらく,ほとんどの人は問題文を見ただけでは意味が分からないだろう。
 「ABC予想」は,『$a+b=c$という関係を持つ,互いに素な自然数の組$a$,$b$,$c$について,任意の正の実数$\epsilon$について以下の不等式が成り立たない$a$,$b$,$c$の組は,有限個しか存在しない。』という問題である。“以下の不等式”というのは,

$$c<{\rm rad} (abc)^{1+\epsilon}$$

という式である。少しずつ,問題の意味を解説していこう。

ABCトリプル

 まずは,自然数の組$a$,$b$,$c$についてである。$a$,$b$,$c$の条件は以下の3つである。
・$a+b=c$
・$a$,$b$,$c$は自然数
・$a$,$b$,$c$は互いに素
このような$a$,$b$,$c$の組はABCトリプルと呼ばれる。では,一つずつ見ていこう。
 まず,「$a+b=c$」という条件である。これはわかりやすいと思うが,2数の足し算を想像すればよい。この条件を満たすものは無数に考えられる。例えば,$2+3=5$であるから,$a=2$,$b=3$,$c=5$という組は1つ目の条件を満たしているといえる。ほかにも,$3+6=9$であるから,$a=3$,$b=6$,$c=9$であるうえに,$2.1+3.4=5.5$であるから,$a=2.1$,$b=3.4$,$c=5.5$でもある。このように$a+b=c$を満たす数の組は無数に考えられるのだ。
 次に,「$a$,$b$,$c$は自然数」という条件である。この条件で,1つ目の条件で絞った$a$,$b$,$c$の組をさらに絞る。『自然数』は,正の整数のことであるから,1つ目の条件の$a$,$b$,$c$の組の例で挙げた$a=2.1$,$b=3.4$,$c=5.5$という組は,この条件を満たしていないといえる。しかし,残り2つはこの条件を満たしている。つまり,1つ目と2つ目の条件を満たしているといえる。
 最後に,「$a$,$b$,$c$は互いに素」という条件である。『互いに素』とは,最大公約数が1であるということであるから,1つ目の条件の$a$,$b$,$c$の組の例で挙げた$a=3$,$b=6$,$c=9$という組は,最大公約数は3であるため,この条件を満たしていないといえる。つまり,$a=2$,$b=3$,$c=5$が,$a$,$b$,$c$の組の条件をすべて満たしているということになる。

任意の正の実数$\epsilon$についての不等式の意味

 それでは,任意の正の実数$\epsilon$についての不等式を解説していこう。不等式は以下のようなものだった。

$$c<{\rm rad} (abc)^{1+\epsilon}$$

 この不等式の左辺は$c$である。そして,不等号は$<$であるから,$c$は不等式の右辺よりを小さくなることを表している。では,右辺の“rad”とは何だろうか。“rad”は「ラディカル」と読み,数学用語では「根基」を意味する。簡単に言うと,素因数の積に関する関数である。まず,${\rm rad} (abc)$の$abc$は,無論,$a×b×c$のことである。radは,この$abc$を「素因数分解したときに出てくる素因数をそれぞれ1回ずつかける」という関数だ。例えば,${\rm rad} (1×8×9)$は,以下のようになる。

$${\rm rad} (1×8×9)= {\rm rad} (1×2^3×3^2)=2×3=6$$

 さて,radの意味は理解したところで,不等式に戻ろう。

$$c<{\rm rad} (abc)^{1+\epsilon}$$

この不等式では,${\rm rad} (abc)$が$1+\epsilon$乗されている。この$\epsilon$は任意の正の実数と定義されているが,ここでは,あまり大きくない実数を指す。例えば,$0.1$などだ。
 つまり,この不等式の右辺が表しているのは,${\rm rad} (abc)$の値を1よりわずかに大きい数で乗じた数が$c$よりも大きくなることを表しているのだ。

不等式が成り立たないABCトリプル

 それでは,「ABC予想」の問題文に話を戻そう。
 この問題では,先ほどの不等式が成り立たない$a$,$b$,$c$の組は,有限個しか存在しないことを示している。「果たしてこれは正しいのか?」ということを問うているのが「ABC予想」だというわけだ。
 まず,この不等式が成り立たない$a$,$b$,$c$の組を探してみよう。その一つに$a=1$,$b=8$,$c=9$がある。実際に計算してみると,右辺は

$${\rm rad} (1×8×9)= {\rm rad} (1×2^3×3^2)=2×3=6$$

6になった。これを$1+\epsilon$乗する。一方で,左辺はc="9" であるから,9になる。これを問題の不等式で表すと,

$$c<{\rm rad} (abc)^{1+\epsilon}\\ 9<6^{1+\epsilon}$$

となり,不等式が成り立たない可能性が高い。実は,問題とは少し異なる不等式

$$c<{\rm rad} (abc)^{1+\epsilon}$$

について,$a=1$,$b=3^{2^n}-1$,$c=3^{2^n}$という$a$,$b$,$c$の組は,この不等式が成り立たないことが証明されている。
しかし,${\rm rad} (abc)$の指数が2であった場合,つまり,

$${\rm rad} (abc)^2$$

の場合は,この不等式が成り立たない$a$,$b$,$c$の組は,なかなか見つからなくなる(ただし、本当に存在しないかはわかっていない)。これは強いABC予想と呼ばれる。
 $c<{\rm rad} (abc)^{1+\epsilon}$が成り立たないようにするためには,$a$,$b$,$c$にふくまれる素因数を小さくしてやればよい。しかし,素因数が小さいものどうしの和は,大きい素因数を持つことが多い。そのため,$c<{\rm rad} (abc)^{1+\epsilon}$が成り立たない$a$,$b$,$c$の組は,少なくなることがわかるのだ。

「ABC予想」は異なる問い方も可能

 冒頭で示した「ABC予想」の問題文では,『不等式が成り立たない$a$,$b$,$c$の組は,有限個しか存在しない。』としているが,これを別の表現に変えることもできる。すると,『$a+b=c$という関係を持つ,互いに素な自然数の組$a$,$b$,$c$について,任意の正の実数$\epsilon$に対して定数$K$が存在し,以下の不等式が成り立たない$a$,$b$,$c$の組は,存在しない。』となり,その不等式は

$$c<K{\rm rad} (abc)^{1+\epsilon}$$

となる。
不等式は,${\rm rad} (abc)^{1+\epsilon}$を$K$倍している。$K$倍することで,不等式が成り立たない$a$,$b$,$c$の組を除外しているのだ。

「ABC予想」は加法と乗法の関係性

 では,ここまで紹介してきた「ABC予想」だが,望月教授が解いたことによってどのようなことがわかるのだろうか。それは,加法と乗法の関係である。
 先ほど,『素因数が小さいものどうしの和は,大きい素因数を持つことが多い。』と述べたが,このように,自然数の乗法的性質(素因数が小さい)は,加法によって維持されたままである(和の素因数も小さい)ことは,非常にまれである,ということを示しているのだ。
 加法と乗法という計算において最も重要で最も基礎的な演算でも,現代数学を用いらなければわからないことがあるということに驚きだ。

望月教授の論文とフェルマーの最終定理

 最後に,望月教授の論文について話しておこう。
 望月教授は,「ABC予想」(正確に言うと弱いABC予想)を証明した論文を『宇宙際タイヒミューラー理論(IUT理論)』と題した。ここでいう「宇宙」とは,数学でいう一種の空間のようなものであり,天文学的な宇宙とは異なる。「際」は,またがるという意味があり,「タイヒミューラー」は「タイヒミューラー空間論」という理論に関係している。簡単に言うと,『宇宙際タイヒミューラー理論』はタイヒミューラー空間論を宇宙際(加法の世界と乗法の世界との関係性)で考えた理論だということだ。
 この論文には,フェルマーの最終定理と同じく,「楕円曲線」と呼ばれる関数や「保型形式」という考え方が使われた。
「ABC予想」や「フェルマーの最終定理」のような整数に関する問題を扱う数学の分野を「数論(整数論)」と呼ぶ。その数論に関する問題を幾何的(図形的)に扱う分野が「数論幾何学」である。
望月教授も数論幾何学を専門としており,独自のIUT理論を構築するために,「楕円曲線」を使ったのだ。また,「ABC予想」が証明されたことにより,「フェルマーの最終定理」も数ページで証明することが可能になったという。さらに,多くの未解決問題が「ABC予想」の証明を機に,解決していくだろうと考えられている。また,世紀の超難問「リーマン予想」の解決の突破口になる可能性もあり,今後の現代数学の進展に期待していきたい。
数学にはいまだ解決されていない多くの問題がある。未来の数学者が解決することを願ってやまない。