2022/02/11 18:00 更新
行列ABとBAの固有値
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目次

まえがき

 線形代数をやっていると「なんとなくそうっぽいけどどうやって厳密に示すの?」なんて話がたくさんでてきます. 正則な時は逆行列が取れて簡単に言えるけどそうでなかったら...とか, 長方行列だったらその議論できないじゃん...とか. 今回はそういう話の中の一つをします.

 具体的には2つの行列$A\in\R^{m\times n}, B\in\R^{n\times m} (m\le n)$に対して$AB\in\R^{m\times m}$と$BA\in\R^{n\times n}$の固有値について考えます. 以下の定理が知られています.

定理

$BA$の固有値は$m$個の$AB$の固有値と$n-m$個の$0$で与えられる. とくに$m$個の$AB$の固有値に関しては重複度も含めて一致する.

$BA$は$n\times n$ですがランクが$m$なので$n-m$個の$0$が固有値に出てくるのは当たり前です. それ以外に関しては$AB$と$BA$の固有値が重複度も含めて同じですよというのが上の定理の主張です. 以下

  • ありがちな雑な議論
  • 証明1
  • 証明2

を順に紹介していこうと思います.

雑な議論

 ここではよく見られる雑な議論を紹介します. $AB$のある固有ベクトルと対応する固有値を$v, \lambda$とします. つまり$ABv = \lambda v$です. このとき両辺に左から$B$をかければ

$$ (BA)Bv = \lambda (Bv)$$

がわかります. つまり$BA$は$Bv, \lambda$を固有ベクトル, 固有値のペアとして持ちます. この議論から
$\lambda$が$AB$の固有値なら$\lambda$が$BA$の固有値であることがわかります. 同様に$\lambda$が$BA$の固有値なら$\lambda$が$AB$の固有値であることも言えます.
 ので, 「$AB$と$BA$の固有値は大体同じ?です」という書き方をたまに見ます. ただこの議論は不完全です. まず, 実は$\lambda$が$0$の場合はもう少し議論しなければいけません. それとこの議論は固有値の重複度をガン無視してます. 元の定理の結論を認めると例えば$AB$の固有値が $(1,1,2)$, $BA$の固有値が $(1,2,2)$になることはあり得ないはずですが, この議論ではその可能性を排除できていません.

 固有ベクトル同士の関係性まで教えてくれるのはありがたいし, もう少し詰めれば重複度についても示すことはできそうですが, 以下ではスマートなやり方を2つ紹介していきます.

証明1

 $0_{n\times m}$をサイズ$n\times m$の$0$行列, $I_n$をサイズ$n\times n$の単位行列として, 行列$P\in\R^{(m+n)\times (m+n)}$を次のように定義します.

$$P=\begin{bmatrix} I_m & -A \\ 0_{n\times m} & I_n \end{bmatrix}.$$

このときその逆行列は

$$P^{-1} = \begin{bmatrix} I_m & A \\ 0_{n\times m} & I_n \end{bmatrix}$$

で与えられます. そして簡単な計算から次がわかります.

$$P \begin{bmatrix} AB & 0_{m\times n} \\ B & 0_{n\times n} \end{bmatrix} P^{-1} = \begin{bmatrix} 0_{m\times m} & 0_{m\times n} \\ B & BA \end{bmatrix}.$$

つまり, 上の式に登場する2つの行列は相似です. 固有多項式は相似変換で不変なので2つの行列の固有多項式は等しく,

$$t^n {\rm det } (tI_m-AB) = t^m {\rm det } (tI_n-BA)$$

がわかります. $m\le n$に注意して

$${\rm det } (tI_n-BA) = t^{n-m} {\rm det } (tI_m-AB)$$

と書けば, 初めに書いた定理が示されたことになります. 固有多項式を考えると重複度も含めて言えるのが良いですな.

証明2

 証明1と同様にサイズ$(m+n)\times (m+n)$の行列を考えます:

$$X = \begin{bmatrix} I_m & 0_{m\times n} \\ -B & t I_n \end{bmatrix}, Y = \begin{bmatrix} t I_m & A \\ B & I_n \end{bmatrix}.$$

$XY$および$YX$をそれぞれ計算すると,

$$XY = \begin{bmatrix} t I_m & A \\ 0_{n\times m} & tI_n -BA \end{bmatrix}, YX = \begin{bmatrix} t I_m -AB & tA \\ 0_{n\times m} & tI_n \end{bmatrix}$$

になります. 一方で${\rm det}(XY)={\rm det}(YX) (={\rm det} X\cdot{\rm det} Y)$なので

$$ t^m {\rm det } (tI_n-BA) = t^n {\rm det } (tI_m-AB) $$

と, 証明1と同じ式が出てきたのでおしまいです.

まとめ

 今回は$AB$と$BA$の固有値が重複度も含めて一致することを示しました. 雑な議論として紹介したような, ある一つの固有値に注目するみたいなローカルな議論は重複度も考えると難しくなってしまいますが, 固有多項式を考えると重複度の議論も簡単です.
 $A$や$B$が正方行列かつ正則な時はもっと簡単に固有多項式の一致性も言えますが, 長方行列だったりすると証明1,2のようなテクニカルな発想が必要になります. 長方行列の時にサイズ$m+n$の巧い大きい正方行列を構成するみたいな話はランク不等式を示す時とか, わりとありがちですね. 初見ではビビりますが.