2020/10/20 21:24 更新
双対空間の成分表示いろいろ
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目次
$$\gdef\qed{\blacksquare} \gdef\implies{\Rightarrow} \gdef\C{\Complex} \gdef\conj#1{\overline{#1}} \gdef\ip#1#2{\left\langle#1,\,#2\right\rangle} \gdef\trans{\mathsf{T}} \gdef\O{\mathrm{O}} \gdef\SO{\mathrm{SO}}$$

前書き

この記事はベクトル空間や基底や内積の定義を知っている程度の知識を前提とします.

記号 この記事ではEinsteinの縮約を使用します. Einsteinの縮約とは式に同じ添字が二度現れるときそのその添字について和を取る規約のことです. 例えば$a_j^i e_i$は$\sum_i a_j^i e_i$を表します.

双対空間と行列表示

$K$を体とします. (体を知らない場合, $K$は$\R$または$\C$であるという仮定だと思えばよいです) ベクトル空間は$K$係数ベクトル空間を指すとします.

定義 ベクトル空間$V$から$K$への線形写像全体の集合を$V$の双対空間と呼び, $V^*$と書きます. $V^*$は以下のようにゼロベクトル$0_{V^*}$, スカラー倍, 和を定めることでベクトル空間になります. $f, g \in V^*,\ a \in K$に対して:

$$0_{V^*}(x) = 0_V,\ x \in V \\ (af)(x) = a f(x),\ x \in V\\ (f + g)(x) = f(x) + g(x),\ x \in V$$

定義 $V$をベクトル空間, $(e_i)_{i=1}^n$を$V^*$の基底とします. このとき$V^*$の基底$(e^i)_{i=1}^n$を$e^i(e_j) = \delta_j^i$で定義し, 双対基底と呼びます. ここで$\delta_i^j$は

$$\delta_j^i = \begin{cases} 1,\ \text{$i = j$のとき} \\ 0,\ \text{$i \neq j$のとき} \end{cases}$$

です. 実際に$(e^i)_{i=1}^n$が$V$の基底になっていることを確認しましょう.

証明 $V^*$を生成すること: $f \in V^*$とします. このとき$g = f(e_i) e^i$と定めると$f = g$となります. 実際$V$の基底$e_j$に対して

$$\begin{aligned} g(e_j) &= (f(e_i) e^i)(e_j) = f(e_i)\ e^i(e_j) \\ &= f(e_i) \delta_j^i = f(e_j) \end{aligned}$$

と等しいから一般の$x \in V$に対しても$f(x) = g(x)$が成り立ちます. $f$は任意だったのでこれは$(e_i)_{i=1}^n$が$V$を生成することを表します.

一次独立性: $a_ie^i = 0_{V^*}$とします. このとき

$$\begin{aligned} 0 &= (a_i e^i)(e_j) = a_i\ e^i(e_j) \\ &= a_i \delta_j^i = a_j,\ \forall j \in \{1, \dots, n\} \end{aligned}$$

よって$(e^i)_{i=1}^n$は一次独立です. $\qed$

上記のことから$\dim(V) = \dim(V^*)$です.
さらに$e_i \mapsto e^i$によって$V \to V^*$の同型を与えることができます. しかしこの同型は基底に依ります. 例えば$V=\R$の二種類の基底として$e_1=1$と$e'_1=2$を取ったとき, 双対基底はそれぞれ$e^1 = 1$, $e'^1 = 1/2$です. $e_1 \mapsto e^1$の同型によると$e'_1 = 2 e_1 \mapsto 2 e^1$ですが, $e'_1 \mapsto e'^1$の同型によると$e'^1 \mapsto e'^1 = (1/2) e^1$となるので$e_1 \mapsto e^1$と$e'_1 \mapsto e'^1$は異なる同型であることがわかります.

定義 ベクトル空間$V, V'$の間の線形写像$F: V \to V'$に対して, 線形写像$F^\trans: V'^* \to V^*$を次のように定義し, $F$の転置写像と呼びます.

$$(F^*(f))(x) = f(F(x)),\ f \in V'^*,\ x \in V$$

$V,\ V'$をベクトル空間, $(e_i)_{i=1}^n,\ (e'_i)_{i=1}^m$をそれぞれ$V,\ V'$の基底とします. このとき線形写像$F: V \to V'$は行列$(a_i^j)_{i,j}$を$F(e_i) = a_i^j e'_j$で定義することで行列表示することができます.
$V, V'$の双対基底$(e_i)_{i=1}^n,\ (e'_i)_{i=1}^m$について転置写像$F^\trans$の行列表示を求めましょう.

$$F^\trans(e'^i)(e_j) = e'^i(F(e_j)) = e'^i(a_j^k e'_k) = a_j^k \delta_k^i = a_j^i$$

よって$F^\trans(e'^i) = a_j^i e^j$ですから$F^\trans$は行列$(a_j^i)_{i,j}$で表示されることになります. すなわち双対空間に誘導される線形写像の行列表示は元の写像の行列表示の転置になります. 特に$F$が可逆である場合, $F$の行列表示を$A$とすると${F^\trans}^{-1}: V^* \to V'^*$は${A^{\trans}}^{-1}$と行列表示されます.

双対空間の計量と成分表示

$K=\R$または$\C$, ベクトル空間は$K$係数ベクトル空間を指すとします. また, 内積は第二変数について線形であるとします. (つまり $\ip{ax}{by} = \conj{a}b\ip{x}{y}$)

$V$を内積空間, $(e_i)_{i=1}^n$を$V$の基底とし, $(e^i)_{i=1}^n$を$V^*$の双対基底, すなわち $e^i(e_j) = \delta_{ij}$ とします.
$g_{ij} = \ip{e_i}{e_j}$と定義します. これは内積の成分表示になっていて, $x = x^i e_i,\ y = y^j e_j$に対して

$$\ip{x}{y} = \ip{x^i e_i}{y^j e_j} = x^i y^j \ip{e_i}{e_j} = x^i g_{ij} y^j$$

と内積を成分で計算できます.
$\ip{e_j}{e_i} = \conj{\ip{e_i}{e_j}}$なので$g_{ji} = \conj{g_{ij}}$です. また, 内積の非退化性から行列$(g_{ij})_{i,j}$は正則行列です.

正則性の証明 背理法で示します. 次元に関する議論から, 行列は単射ならば正則です. $G = (g_{ij})_{i,j}$が正則でないとすると, 単射でない, すなわち$x' = (x^1, \dots, x^n) \neq 0$が存在して$Gx' = 0$となります. すなわち$g_{ij} x^j = 0,\ \forall i, j \in \{1, \dots, n\}$です. $x = x^i e_i$とおくと, $x \neq 0$ですが,

$$\ip{x}{x} = \ip{x^i e_i}{x^j e_j} = x^i g_{ij} x^j = x^i \cdot 0 = 0$$

これは内積の非退化性 ($\ip{x}{x} = 0 \implies x = 0$) に反するので$G$は可逆です. $\qed$

$(g_{ij})_{i,j}$の逆行列を$(g^{ij})_{i,j}$と書きます.

定義 $V,V'$をベクトル空間とします. 写像$F: V \to V'$が次の条件を満たすとき反線形写像と呼びます.

  1. $F(x + y) = F(x) + F(y),\ x, y \in V,\ a \in K$
  2. $F(ax) = \conj{a} F(x),\ x \in V,\ a \in K$

スカラー倍が複素共役になる部分が線形性と異なります.

反線形写像$I: V \to V^*$を$I: x \mapsto \ip{x}{\cdot}$で定義します. この写像は基底に依りません. $I$を双対基底について行列表示してみましょう.
$I(e_i)(e_j) = \ip{e_i}{e_j} = g_{ij}$ですから$I(e_i) = g_{ij} e^j$です. これで成分表示が得られました.
$g_{ij}$は正則行列だったので$I$は全単射です. 逆行列$(g^{ij})_{i,j}$を上の等式に掛けることで$g^{ij} I(e_j) = e^i$を得ます.

以下$K=\R$とします.
このとき$I$は同型になります. 同型$I$によって$V$と$V^*$を同一視することで, 上記の関係は

$$e_i = g_{ij} e^j \\ e^i = g^{ij} e_j$$

と書くことができます.

同型$I$により$V$と$V^*$を同一視することで$V^*$を内積空間とみなすことができます. すなわち $\ip{f}{g}_{V^*} = \ip{I^{-1}(f)}{I^{-1}(g)}_V$によって$V^*$上の内積を定義することができます.
双対基底の内積を計算してみると

$$\ip{e^i}{e^j} = \ip{g^{ik} e_k}{g^{jl} e_l} = g^{ik} g^{jl} g_{kl}$$

となります.

まとめ

$V, V'$をベクトル空間とします.

  • $V, V'$に基底を取って線形写像$F: V \to V'$を行列表示したものを$A$とすると, 転置写像$F^\trans$の双対基底に関する行列表示は$A^\trans$になります.
  • $x \mapsto \ip{x}{\cdot}$によって$V$と$V^*$を同一視すると$$ e_i = g_{ij} e^j \\ e^i = g^{ij} e_j$$ が成り立ちます.