前書き
この記事はベクトル空間や基底や内積の定義を知っている程度の知識を前提とします.
記号 この記事ではEinsteinの縮約を使用します. Einsteinの縮約とは式に同じ添字が二度現れるときそのその添字について和を取る規約のことです. 例えばajieiは∑iajieiを表します.
双対空間と行列表示
Kを体とします. (体を知らない場合, KはRまたはCであるという仮定だと思えばよいです) ベクトル空間はK係数ベクトル空間を指すとします.
定義 ベクトル空間VからKへの線形写像全体の集合をVの双対空間と呼び, V∗と書きます. V∗は以下のようにゼロベクトル0V∗, スカラー倍, 和を定めることでベクトル空間になります. f,g∈V∗, a∈Kに対して:
0V∗(x)=0V, x∈V(af)(x)=af(x), x∈V(f+g)(x)=f(x)+g(x), x∈V定義 Vをベクトル空間, (ei)i=1nをV∗の基底とします. このときV∗の基底(ei)i=1nをei(ej)=δjiで定義し, 双対基底と呼びます. ここでδijは
δji={1, i=jのとき0, i=jのときです. 実際に(ei)i=1nがVの基底になっていることを確認しましょう.
証明 V∗を生成すること: f∈V∗とします. このときg=f(ei)eiと定めるとf=gとなります. 実際Vの基底ejに対して
g(ej)=(f(ei)ei)(ej)=f(ei) ei(ej)=f(ei)δji=f(ej)と等しいから一般のx∈Vに対してもf(x)=g(x)が成り立ちます. fは任意だったのでこれは(ei)i=1nがVを生成することを表します.
一次独立性: aiei=0V∗とします. このとき
0=(aiei)(ej)=ai ei(ej)=aiδji=aj, ∀j∈{1,…,n}よって(ei)i=1nは一次独立です. ■
上記のことからdim(V)=dim(V∗)です.
さらにei↦eiによってV→V∗の同型を与えることができます. しかしこの同型は基底に依ります. 例えばV=Rの二種類の基底としてe1=1とe1′=2を取ったとき, 双対基底はそれぞれe1=1, e′1=1/2です. e1↦e1の同型によるとe1′=2e1↦2e1ですが, e1′↦e′1の同型によるとe′1↦e′1=(1/2)e1となるのでe1↦e1とe1′↦e′1は異なる同型であることがわかります.
定義 ベクトル空間V,V′の間の線形写像F:V→V′に対して, 線形写像FT:V′∗→V∗を次のように定義し, Fの転置写像と呼びます.
(F∗(f))(x)=f(F(x)), f∈V′∗, x∈VV, V′をベクトル空間, (ei)i=1n, (ei′)i=1mをそれぞれV, V′の基底とします. このとき線形写像F:V→V′は行列(aij)i,jをF(ei)=aijej′で定義することで行列表示することができます.
V,V′の双対基底(ei)i=1n, (ei′)i=1mについて転置写像FTの行列表示を求めましょう.
FT(e′i)(ej)=e′i(F(ej))=e′i(ajkek′)=ajkδki=ajiよってFT(e′i)=ajiejですからFTは行列(aji)i,jで表示されることになります. すなわち双対空間に誘導される線形写像の行列表示は元の写像の行列表示の転置になります. 特にFが可逆である場合, Fの行列表示をAとするとFT−1:V∗→V′∗はAT−1と行列表示されます.
双対空間の計量と成分表示
K=RまたはC, ベクトル空間はK係数ベクトル空間を指すとします. また, 内積は第二変数について線形であるとします. (つまり ⟨ax,by⟩=ab⟨x,y⟩)
Vを内積空間, (ei)i=1nをVの基底とし, (ei)i=1nをV∗の双対基底, すなわち ei(ej)=δij とします.
gij=⟨ei,ej⟩と定義します. これは内積の成分表示になっていて, x=xiei, y=yjejに対して
⟨x,y⟩=⟨xiei,yjej⟩=xiyj⟨ei,ej⟩=xigijyjと内積を成分で計算できます.
⟨ej,ei⟩=⟨ei,ej⟩なのでgji=gijです. また, 内積の非退化性から行列(gij)i,jは正則行列です.
正則性の証明 背理法で示します. 次元に関する議論から, 行列は単射ならば正則です. G=(gij)i,jが正則でないとすると, 単射でない, すなわちx′=(x1,…,xn)=0が存在してGx′=0となります. すなわちgijxj=0, ∀i,j∈{1,…,n}です. x=xieiとおくと, x=0ですが,
⟨x,x⟩=⟨xiei,xjej⟩=xigijxj=xi⋅0=0これは内積の非退化性 (⟨x,x⟩=0⇒x=0) に反するのでGは可逆です. ■
(gij)i,jの逆行列を(gij)i,jと書きます.
定義 V,V′をベクトル空間とします. 写像F:V→V′が次の条件を満たすとき反線形写像と呼びます.
- F(x+y)=F(x)+F(y), x,y∈V, a∈K
- F(ax)=aF(x), x∈V, a∈K
スカラー倍が複素共役になる部分が線形性と異なります.
反線形写像I:V→V∗をI:x↦⟨x,⋅⟩で定義します. この写像は基底に依りません. Iを双対基底について行列表示してみましょう.
I(ei)(ej)=⟨ei,ej⟩=gijですからI(ei)=gijejです. これで成分表示が得られました.
gijは正則行列だったのでIは全単射です. 逆行列(gij)i,jを上の等式に掛けることでgijI(ej)=eiを得ます.
以下K=Rとします.
このときIは同型になります. 同型IによってVとV∗を同一視することで, 上記の関係は
ei=gijejei=gijejと書くことができます.
同型IによりVとV∗を同一視することでV∗を内積空間とみなすことができます. すなわち ⟨f,g⟩V∗=⟨I−1(f),I−1(g)⟩VによってV∗上の内積を定義することができます.
双対基底の内積を計算してみると
⟨ei,ej⟩=⟨gikek,gjlel⟩=gikgjlgklとなります.
まとめ
V,V′をベクトル空間とします.
- V,V′に基底を取って線形写像F:V→V′を行列表示したものをAとすると, 転置写像FTの双対基底に関する行列表示はATになります.
- x↦⟨x,⋅⟩によってVとV∗を同一視するとei=gijejei=gijej が成り立ちます.