2020/12/15 12:21 更新
2次体の整数環 (5) —Euclid整域でなくPIDである例
221 いいね ブックマーク
目次

第5回となる今回は2次体$\mathbb{Q}(\sqrt{d})$の整数環の中でも「Euclid整域ではないが単項イデアル整域ではあるもの」の例を紹介します.

環論では「Euclid整域ならば単項イデアル整域である」という事実は基本的ですが,その反面「Euclid整域ではないが単項イデアル整域ではある」という「逆の反例」にあたるものは (少なくとも私は) そこまで目にしません.今回の記事で紹介する環はこの「逆の反例」にもなるため重要と考えられます.

目標

本記事の目標は次の命題 5.1.1を示すことです.

命題 5.1.1

$\mathbb{Q}(\sqrt{-19})$の整数環である$\mathbb{Z}\left[ \dfrac{1 + \sqrt{-19}}{2}\right]$は,
(1) Euclid整域ではない
(2) 単項イデアル整域ではある

この命題は(1)を命題 5.2.3,(2)を命題 5.3.4として証明します.

表記の簡単化のため,この記事では以下

$$\begin{aligned} \alpha := \dfrac{1 + \sqrt{-19}}{2}, && R := \mathbb{Z}[\alpha] = \mathbb{Z} \left[ \dfrac{1 + \sqrt{-19}}{2}\right] \end{aligned}$$

とおきます.

なお以下の証明は文献[1]の演習問題を参照しています.

Euclid整域ではないこと

環$R$がEuclid整域ではないことを示すために,まずは$R$の単元 (可逆元) と素元の情報を調べます.

補題 5.2.1

$R$の単元からなる群を$R^{\times}$とすると,$R^{\times} = \{ \pm 1\}$である.

証明
$R$の2個の元$r_1 = x_1 + y_1 \alpha$,$r_2 = x_2 + y_2 \alpha$ ($x_1, x_2, y_1, y_2 \in \mathbb{Z}$) について$r_1r_2=1$が成り立つとする.このとき,両辺でノルム$\operatorname{N}_{\mathbb{Q}(\sqrt{-19})/\mathbb{Q}}$をとると,

$$(x_1^2 + x_1y_1 + 5y_1^2)(x_2^2 + x_2y_2 + 5y_2^2) = 1 \tag{5.2.1}$$

を得る.
いま$y_1 \neq 0$とすると,

$$x_1^2 + x_1y_1 + 5y_1^2 = \left( x_1 + \frac{y_1}{2} \right)^2 + \frac{19}{4}y_1^2 \ge \frac{19}{4}$$

を得て,式(5.2.1)を満たすような整数の組$(x_1, x_2, y_1, y_2)$は存在せず矛盾
よって$y_1 = 0$である.
この下で直ちに$x_1 = \pm 1$を得る.

明らかに$\pm 1$は$R$の単元であるから,$R^{\times} = \{\pm 1\}$である.

証明終
補題 5.2.2

$2$と$3$は$R$の素元である.

証明
剰余環を考える.$p$を素数とすると,

$$R/(p) \cong \mathbb{Z}[x]/(x^2 - x + 5, p) \cong \mathbb{F}_p[x]/(x^2-x+5).$$

特に$p = 2$のとき,$x^2 - x + 5 = x^2 + x + 1$は$\mathbb{F}_2[x]$に根を持たないので既約.
特に$p = 3$のとき,$x^2 - x + 5 = x^2 + 2x + 2$は$\mathbb{F}_3[x]$に根を持たないので既約.
以上より,$p = 2,3$のいずれの場合でも$(p)$は$R$の素イデアル.したがって$p$は$R$の素元.

証明終

今までの記事でも素元を調べるためにすぐ剰余環を考えていましたが,これは
$p$が$R$の素元 $\iff$ $(p)$が$R$の素イデアル $\iff$ $R/(p)$が整域
という同値関係に基づいています.
なお,$R$が一意分解整域である場合,
$p$が$R$の素元 $\iff$ $p$が$R$の既約元
という同値関係が成り立ちます.
上の証明で多項式の既約性を調べているのは,これが$\mathbb{F}_2[x]$という一意分解整域上では素元になるためです.


以上の二つの補題を使って$R$がEuclid整域でないことを示します.

命題 5.2.3

$R$はEuclid整域ではない.

証明
証明は背理法による.すなわち,ある$d \colon R \setminus \{0\} \longrightarrow \mathbb{N}$が存在して,$R$が$d$を賦値関数とするEuclid整域であると仮定して矛盾を導く.

$R^{\prime} = \{0\} \cup R^{\times}$とおく.集合$S = \{ d(x) \mid x \in R \setminus R^{\prime}\}$は離散集合であり下に有界.
よって$S$には最小値が存在し,その最小化元$x \in R \setminus R^{\prime}$を一つとることができる.

まず$2$と$x$に賦値関数を適用すると,ある$q, r \in R$が存在して

$$\begin{aligned} 2 = qx + r, && d(x) > d(r) \textsf{ or } r = 0. \end{aligned}$$

$x$の最小性から$r \in R^{\prime}$と分かる.よって,

$$\begin{aligned} &r = 1 && \Longrightarrow && qx = 1 && \bot && \text{($\because x \notin R^{\times}$)},\\ &r = 0 && \Longrightarrow && qx = 2 && \Longrightarrow && x = \pm 2, \\ &r = -1 && \Longrightarrow && qx = 3 && \Longrightarrow && x = \pm 3 \end{aligned}$$

となる.ここで補題 5.2.2を利用した.

次に$\alpha$と$x$に賦値関数を適用すると,ある$q^{\prime}, r^{\prime} \in R$が存在して

$$\begin{aligned} \alpha = q^{\prime} x + r^{\prime}, && d(x) > d(r^{\prime}) \textsf{ or } r^{\prime} = 0. \end{aligned}$$

先ほどと同様に考えると$q^{\prime}x$の値は

$$\begin{aligned} \frac{1+\sqrt{-19}}{2} \text{ ($r^{\prime} = 0$) }, && \frac{-1+\sqrt{-19}}{2} \text{ ($r^{\prime} = 1$) } && \frac{3+\sqrt{-19}}{2} \text{ ($r^{\prime} = -1$) } \end{aligned}$$

に限る.しかし,これらの値のノルム$\operatorname{N}_{\mathbb{Q}(\sqrt{-19})/\mathbb{Q}}$をとると左から順に$5, 5, 7$とみな素数になり,$\operatorname{N}_{\mathbb{Q}(\sqrt{-19})/\mathbb{Q}}(x) = 4, 9$で割り切れない.これは矛盾

以上より,$R$はEuclid整域でない.

証明終

単項イデアル整域であること

$R = \mathbb{Z}[\alpha]$が単項イデアル整域であることを示します.なお,以下の証明は文献[1]を参考にしています.

補題 5.3.1

$a \in R$,$b \in R \setminus \{0\}$とする.このとき,次の二つの条件は同値である:
(1) ある$q,r \in R$が存在して$\lvert r \rvert < \lvert b \rvert$であって$a = qb +r$とできる
(2) $\dfrac{a}{b} \in U := \{ x + \delta \mid x \in R, \; \lvert \delta \rvert < 1\} \subseteq \mathbb{C}$
なお,$\lvert \,\cdot\, \rvert$は複素数の大きさを表す.

証明
次の同値変形による:

$$\begin{aligned} &\exists q,r \in R,\; \lvert r \rvert < \lvert b \rvert \textsf{ and } a = qb +r \\ &\iff \exists q,r \in R,\; \left\lvert \dfrac{r}{b} \right\rvert < 1 \textsf{ and } \dfrac{a}{b} = q + \dfrac{r}{b} \\ &\iff \exists x \in R,\: \exists \delta \in \mathbb{C},\; \lvert \delta \rvert < 1 \textsf{ and } \dfrac{a}{b} = x + \delta. \end{aligned}$$

ここで最下段の条件が成り立つとき,$\delta \in \mathbb{Q}(\sqrt{-19})$であることに注意.

証明終
補題 5.3.2

補題 5.3.1で定義した$U$について,$\mathbb{C} \setminus U$の任意の二つの元の和は$U$の元になる.

証明
$U$は以下の長方形領域の合併$V_1$を包含する:

$$V_1 := \left\{ x + \left( y + \frac{\sqrt{19}}{2} m \right) \sqrt{-1} \mathrel{}\middle|\mathrel{} - \infty < x < \infty,\; \frac{\sqrt{19} - \sqrt{3}}{2} < y < \frac{\sqrt{19} + \sqrt{3}}{2},\; n,m \in \mathbb{Z} \right\}.$$

$\mathbb{C} \setminus U$は以下の無限個の長方形領域の合併$V_2 = \mathbb{C} \setminus V_1$に包含する:

$$V_2 = \left\{ x + \left( y + \frac{\sqrt{19}}{2} m \right) \sqrt{-1} \mathrel{}\middle|\mathrel{} - \infty < x < \infty,\; \frac{\sqrt{3}}{2} \le y \le \frac{\sqrt{19} - \sqrt{3}}{2},\; n,m \in \mathbb{Z} \right\}.$$

いま,$\alpha, \beta \in \mathbb{C} \setminus U \subseteq V_2$を任意にとる.
このとき$V_2$の表現法に合わせて$\alpha = x_{\alpha} + \left( y_{\alpha} + \dfrac{\sqrt{19}}{2} m_{\alpha} \right) \sqrt{-1}$のように表すとすると,$\alpha + \beta = (x_{\alpha} + x_{\beta}) + \left( y_{\alpha} + y_{\beta} + \dfrac{\sqrt{19}}{2} (m_{\alpha} + m_{\beta}) \right) \sqrt{-1}$となる.このとき,$\sqrt{3} \le y_\alpha + y_\beta \le \sqrt{19} - \sqrt{3}$である.
ここで$\dfrac{\sqrt{19} - \sqrt{3}}{2} < \sqrt{3} \le y_\alpha + y_\beta \le \sqrt{19} - \sqrt{3} < \dfrac{\sqrt{19} + \sqrt{3}}{2}$であるので,この表示から$\alpha + \beta \in V_1 \subseteq U$を得る.

証明終

本当は絵を描いて何をしているかを説明しようとしたのですが,余力がなかったため言葉で説明します.
$U$を複素平面上に描くと実軸方向に無限個の円盤が連なった "もくもくとした雲状の領域" が,虚軸方向に中心が$\operatorname{Im} \alpha$だけ離れて何重にも現れた形をなします.
このとき,$\mathbb{C} \setminus U$部分に外側から接する帯状の領域が上の証明の$V_2$で,その補集合が$V_1$です.
上の証明では$V_2$の2個の元の和が$V_1$に含まれることを,複素数$a + b \sqrt{-1}$の$b$を$\mathrm{mod}\mathrel{}\operatorname{Im} \alpha$で考えて示しています.途中で生じた分岐は$\mathrm{mod}\mathrel{}\operatorname{Im} \alpha$で繰り上がるか繰り上がらないかで分けていると思ってください.


補題 5.3.3

$\alpha, 1-\alpha \notin 2R = (2)$.

証明
背理法による.
まず$\alpha \in 2R$とする.このとき,ある$\kappa \in R$が存在して$\alpha = 2 \kappa$と書ける.
両辺のノルム$\operatorname{N}_{\mathbb{Q}(\sqrt{-19})/\mathbb{Q}}$をとると$5 = 4 \operatorname{N}_{\mathbb{Q}(\sqrt{-19})/\mathbb{Q}}(\kappa)$.
これは整数としての等式になるはずだが$5$は$4$の倍数ではないので矛盾.
よって$\alpha \notin 2R$である.

$1-\alpha$もノルムは同じ値になるので同様にして$1-\alpha \notin 2R$が従う.

証明終

以上の補題を用いて$R$が単項イデアル整域であることを示します.

命題 5.3.4

$I$を$R$の非零なイデアルとする.
$b \in I \setminus \{0\}$を$\lvert \,\cdot\, \rvert$の$I$における最小化元とすると$I = bR$となる.
したがって,$R$は単項イデアル整域である.

証明
背理法による.すなわち,この$b \in I \setminus \{0\}$に対して$I \supsetneq bR$と仮定する.
このとき,ある$a \in I$が存在して$a \notin bR$である.

この$a$と$b$については条件

$$\exists q,r \in R,\; \lvert r \rvert < \lvert b \rvert \textsf{ and } a = qb +r$$

は成り立たない.
なぜならば成り立つと仮定すれば$r = a-bq \in I$と$b$の最小性から$r = 0$に限られてしまうものの,この場合は$a = bq \in bR$となるため矛盾するから.
すると補題 5.3.1から$a/b \notin U$である.
ここで補題 5.3.2を利用すると特に

  • $2a/b \in U$
  • $\alpha a /b \in U$ または $(1 - \alpha) a /b \in U$

を得る.

$\alpha a /b \in U$とする.このとき,$b$の最小性に注意すると,ある$q, q^{\prime} \in R$が存在して

$$\begin{aligned} \begin{cases} 2a = bq, \\ \alpha a = b q^{\prime} \end{cases} \Longrightarrow 2aq^{\prime} = bqq^{\prime} = \alpha a q. && \therefore (2q^{\prime} - \alpha q) a= 0. \end{aligned}$$

いま,$a \notin bR$なので特に$a \neq 0$.$R$は整域なのでここから$2q^{\prime} - \alpha q = 0$を得る.よって$\alpha q \in 2R$である.

補題5.2.2から$2R$は素イデアル.ここで補題 5.3.3から$\alpha \notin 2R$であるため$q \in 2R$である.したがって,$q$はある$\kappa \in R$を用いて$q = 2\kappa$と書ける.
これより$0 = 2 a - b q = 2 (a - b \kappa)$.よって$a = b \kappa \in bR$となり矛盾.

よって,$1 - \alpha a /b \in U$である.しかし,このときも$\alpha a /b \in U$のときと同様の議論から矛盾を得る.

以上より$I = bR$である.

証明終

まとめ

環$\mathbb{Z}\left[ \dfrac{1 + \sqrt{-19}}{2}\right]$はEuclid整域ではないけれども単項イデアル整域ではある

参考文献

1: P. Stevenhagen. "NUMBER RINGS". (http://websites.math.leidenuniv.nl/algebra/ 内にpdfあり)
2: R. A. Wilson. "An example of a PID which is not a Euclidean domain". 2015.