はじめに
この記事は以前投稿していた記事を,諸事情により一部に変更を加えて再投稿したものです。記事全体でなされる議論にはなんら変更はしていないため,以前公開していた記事をお読みになった方は新規性を求めてこの記事を読む必要はありません。
導入
以前,ゼミで雪江明彦先生の整数論の教科書の2巻[1]を読んでいました。この本の1.2節ではDedekind環の完備化について述べられています。完備化は綺麗な構造をもつため,代数的整数論においては重要な概念になっています。
本記事ではこの1.2節のとある命題について議論します。具体的には,私がテキストを読んで理解が及ばなかった証明の部分について,テキストに掲載されているものとはやや異なる(しかし恐らく行間を埋めているだけに過ぎない)方法で証明を考えたため,それについて紹介します。
前提知識
- 環論の知識 (素イデアル・局所化など)
- 整数論の知識 (素イデアル$\mathfrak{p}$に関するオーダーなど)
より具体的には雪江整数論1巻[2]の6章・8章・9.1節の辺りが分かっていると困らないと思います。
命題 1.2.13について
本記事で考える状況を先に提示します。
$A$をDedekind環とし,$K$を$A$の分数体とする。さらに,$K$は$\operatorname{ch}K = 0$を満たすとし,$A$の任意の単項イデアル$I$に対して,$\left\lvert A/I \right\rvert < \infty$であるとする。
一見するとこの仮定は条件が厳しいようにも思えます。しかし,$K$を$\mathbb{Q}$の有限次拡大体,$A$を$K$の整数環とした場合には上記の仮定の条件は満たされることが知られており,したがって代数的整数論の分野においては自然に成り立つ条件だといえます。
さて,本記事でメインとする事柄は,命題 1.2.13の特に以下の事実です。
$A$を仮定 1.を満たすDedekind環とし,$\mathfrak{p} \subseteq A$を素イデアルとする。このとき,$n < m$を満たす$n, m \in \mathbb{Z}$に対して,$A$加群として
$$\mathfrak{p}^n/\mathfrak{p}^m \cong A/\mathfrak{p}^{m-n}$$が成り立つ。
テキストではこの部分を準同型写像$\tilde{\phi} \colon A/\mathfrak{p}^{m-n} \longrightarrow \mathfrak{p}^n/\mathfrak{p}^m$を使って
$$\tilde{\phi} \colon \begin{array}{ccc} A/\mathfrak{p}^{m-n} & \longrightarrow & \mathfrak{p}^n/\mathfrak{p}^m \\ \\ a + \mathfrak{p}^{m-n} & \longmapsto & ax + \mathfrak{p}^{m} \end{array}$$という自然な写像を定義して$\tilde{\phi}$の全単射性を示すという流れを採っています。しかし,私にはこの写像の全射性がいまいち理解できなかったので別の方法で示してみました。なお,テキストには$\tilde{\phi}$の全射性の証明が陽には与えられていません。
本記事で行う証明のアイデアは単純で,テキストのように$A$上で議論をするのではなく,もっと性質の良い$A$の$\mathfrak{p}$進距離による完備化$\hat{A}_{\mathfrak{p}}$上で議論を行うということです。なお,以下に載せる証明ではwell-definedness・準同型性・単射性の部分はテキストと全く同じ流れで示すことができるため割愛します。
証明
ステップ 1
まず$\hat{A}_\mathfrak{p}/\mathfrak{p}^{m-n}\hat{A}_\mathfrak{p}$と$\mathfrak{p}^n\hat{A}_\mathfrak{p}/\mathfrak{p}^m\hat{A}_\mathfrak{p}$の同型性を示す
$\hat{A}_{\mathfrak{p}}$を$A$の$\mathfrak{p}$進距離による完備化とする。$x \in \mathfrak{p}^n \setminus \mathfrak{p}^{n+1}$を任意にとって写像$\phi \colon \hat{A}_{\mathfrak{p}} / \mathfrak{p}^{m-n} \hat{A}_{\mathfrak{p}} \longrightarrow \mathfrak{p}^{n} \hat{A}_{\mathfrak{p}} / \mathfrak{p}^{m} \hat{A}_{\mathfrak{p}}$を $$\phi \colon \begin{array}{ccc} \hat{A}_\mathfrak{p}/\mathfrak{p}^{m-n} \hat{A}_{\mathfrak{p}} & \longrightarrow & \mathfrak{p}^n \hat{A}_{\mathfrak{p}}/\mathfrak{p}^m \hat{A}_{\mathfrak{p}} \\ \\ a + \mathfrak{p}^{m-n} \hat{A}_{\mathfrak{p}} & \longmapsto & ax + \mathfrak{p}^{m} \hat{A}_{\mathfrak{p}} \end{array}$$
で定める。
するとテキストの証明と同様の手順で$\phi$がwell-definedであること・準同型であること・単射であることが従う。
■$\phi$の全射性
$y \in \mathfrak{p}^n \hat{A}_{\mathfrak{p}}$を任意にとって,$y + \mathfrak{p}^m \hat{A}_{\mathfrak{p}} \in \mathfrak{p}^n \hat{A}_\mathfrak{p}/\mathfrak{p}^m \hat{A}_{\mathfrak{p}}$を考える。これが$\phi$の像に入ることを示す。
$x \in \mathfrak{p}^n \setminus \mathfrak{p}^{n+1}$の$A$の商体$K$上の逆元$x^{-1}$をとる。なお,$x \notin \mathfrak{p}^{n+1}$より$x \neq 0$であることに注意。いま,$y \in \mathfrak{p}^{n} \hat{A}_{\mathfrak{p}}$であって$\operatorname{ord}_{\mathfrak{p}}(y) \ge n$であるから,
$$\operatorname{ord}_{\mathfrak{p}} (yx^{-1}) = \operatorname{ord}_{\mathfrak{p}}(y) - \operatorname{ord}_{\mathfrak{p}}(x) \ge n - n = 0.$$これより$yx^{-1} \in \hat{A}_{\mathfrak{p}}$である。そこで$a := yx^{-1}$とおけば$a \in \hat{A}_{\mathfrak{p}}$であって$\phi(a + \mathfrak{p}^{m-n} \hat{A}_{\mathfrak{p}}) = y + \mathfrak{p}^{m}\hat{A}_{\mathfrak{p}}$となり,$\phi$は全射である。
上の証明の核心は$\operatorname{ord}_{\mathfrak{p}} (yx^{-1}) \ge 0$から$yx^{-1} \in \hat{A}_{\mathfrak{p}}$が言えることにあります。
同じことをテキストの写像で行おうとすると,$yx^{-1} \in A$をいう必要がありますが,これは$\operatorname{ord}_{\mathfrak{p}} (yx^{-1}) \ge 0$からは言えません。
例えば$\mathfrak{p}$には入らない元$\xi \in A \setminus \mathfrak{p}$について$\operatorname{ord}_{\mathfrak{p}} (\xi^{-1}) = 0$ではありますが,$\xi^{-1} \in A$とは限りません。
なお,上では完備化を用いて証明をしましたが局所化を用いても同じことが言えると思います。
ステップ 2
ステップ1により$\phi$は同型である。つまり$\hat{A}_{\mathfrak{p}} / \mathfrak{p}^{m-n} \hat{A}_{\mathfrak{p}} \cong \mathfrak{p}^{n} \hat{A}_{\mathfrak{p}} / \mathfrak{p}^{m} \hat{A}_{\mathfrak{p}}$である。ここで,既に示したことになっている
$$\mathfrak{p}^{n} / \mathfrak{p}^{m} \cong \mathfrak{p}^{n} \hat{A}_{\mathfrak{p}} / \mathfrak{p}^{m} \hat{A}_{\mathfrak{p}} \tag{a}$$を用いると
$$\mathfrak{p}^{n} / \mathfrak{p}^{m} \cong \mathfrak{p}^{n} \hat{A}_{\mathfrak{p}} / \mathfrak{p}^{m} \hat{A}_{\mathfrak{p}} \cong \hat{A}_{\mathfrak{p}} / \mathfrak{p}^{m-n} \hat{A}_{\mathfrak{p}} \cong A / \mathfrak{p}^{m-n}$$という同型を得る。なお最後の同型は(a)で$n = 0$とすれば従う。以上で証明が完了した。
まとめ
局所化や完備化を用いると元の環よりも良い性質を持つようになり,すんなりと証明できました。
参考文献
1: 整数論2 代数的整数論の基礎. 雪江明彦 著.
2: 整数論1 初等整数論から$p$進数へ. 雪江明彦 著.